14-11 黒い池

 ルーヴェンスは〈少し時間がかかりそうだ〉と前置きしてから転移魔術をいじりはじめたが、実際、彼の作業にはそう時間がかからなかった。

 焦るウィリアムには、その少しの待ち時間さえわずらわしかったが。


「うん、問題なさそうだ。……いいかね、少年? 少しでもありがたいと思うなら、いちいちそう攻撃的に振る舞うのは――あっ、君!」


 ウィリアムは、仕事を終えてしたり顔のルーヴェンスを押しのけて、隠し扉の向こうに顔を出す。

 敵とはいえ、やはりルーヴェンスの魔術師としての腕は確かだ。隠し扉は、問題なくエントランスとつながっていた。



 安堵したウィリアムの中で、奇妙な違和感が頭をもたげる。先ほどまでのエントランスと、どこかが違うのだ。

 違和感に導かれるようにして、エントランスの様子を確かめたウィリアムは、喉が引きつるのを感じた。



 ウィリアムのいた地下空間と同じく、エントランス内の照明が消えている。

 それなのに、ぼんやりと室内が明るいのは――エントランスと外界とを繋ぐ扉が、開け放たれているからだった。

 

 「――っ! ワルター!」


 カウンターにいるはずのワルターの姿は見えない。ウィリアムははしごを蹴り、エントランスへと飛びこんだ。



 背後で、ウィリアムに続いてエントランスに上がってきたルーヴェンスが、開け放たれた扉を調べながら、〈ここもか〉とつぶやく。

 その言葉の意味を考えないようにしながら、ウィリアムは、おそるおそるカウンターの方に歩み寄った。




 カウンターの裏を覗き込めば、向かって右手の方に、見慣れた金髪頭があった。深くうつむき、壁にもたれて座ったまま、ぴくりともしない。

 その肩や胸のあたりからは、棘のようなものが不自然に突き出ている。体の下には、妙に濃い影が丸く広がっていた。



 いいや――それは、濃い影などではなかった。

 ウィリアムは、自分の指先が急速に冷えていくのを感じた。心臓が鈍く、重く打つ。耳の奥が、ごうごうとうなりを上げる。



 ワルターは死んでいた。おびただしい量の血が形づくる、黒い池の中で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る