15-1 記する者
食事時をとっくに過ぎ、客の姿がまばらになった一階部。食堂としても機能するその空間の出入り口付近、窓際のテーブル席に、一人の男がかけていた。
三つ編みにした白髪を背中に垂らした中年男だ。すこしやつれて見えるが、その顔立ちは、性格を表すかのように穏やかだった。
彼の膝上のかばんには買ったばかりの紙のロール、手元にはロールから切り出した紙切れが横たわっている。
男はずり下がりつつあった眼鏡をひとさし指で元の位置に戻すと、まだ手に馴染んでいないペンを手に取った。
外光を受けて淡い橙色に染まる紙面に、男のペン先がつらつらと青のインクをのせていく。
男は、身の回りに起きたあらゆることを、いちいち記録しなければ気が済まない性分だった。
それら一つ一つの重要性など関係ない。いいや、そんなことは、後にそれを目にした誰かが決めるべきだ。
現代を生きる者として、未来のためにできること。その最たるものが、こうした記録行為なのだった。
そうして記憶を記録に落とし込んでいると、今このとき、この場所に至るまでに置き去りにしてきた多くのもののことを考えさせられる。
男は、その半生の多くの時間を、こうした〈記録〉をつけることを含め、都社会の未来のために費やしてきた。決して平凡でも、平坦でもない道を歩いてきた自覚も持っていた。
男は深く息を吐き、窓の外を見やる。
浮遊ランタンの投げかける橙の光に満ち満ちた
若かりし頃、一般民としてごく普通に生きていた男に、自分自身以外――一般民も魔術師も隔てなく、この世界のあらゆる他人の未来を憂うことを教えた人。彼はもう、この街にはいない。
七年前のあのとき、男が
あれから、もう七年。
当時と比べると、『空の破片』もずいぶん増えた。この宿のすぐ近くにもひとつ、そびえ立っている。
いよいよ、天球の崩壊が近いのだろうか。誰よりも都世界の未来を案じていた〈彼〉が生きていたならば、何と言うだろう?
何もできないまま、みすみす牢に捕らえられたたところ、運良く救い出され、なんとかここまで生き延びただけの男に。
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