14-4 魔術のない世界

 ウィリアムの言葉を咀嚼するように黙りこんだルーヴェンスが、やがて、おもむろに口を開く。


「魔術には、その魔術としての形がある。君は、スプーンで人を殴ろうと思うかね? 使い方によればスプーンで人を殺すこともできるだろうが、それはスプーンを使だけのことだろう。

 戦うための魔術など、そもそもありはしない。魔術を使人間がいるだけだ」


「……それ、〈スプーンでもうまく使え〉ってこと?」


「いや。〈私ならスプーンを食事に使う〉と言ったんだ。ついでに、〈魔術を望むように活用できないことを、魔術のせいにするな〉とね」


 ウィリアムは、一瞬でも慰められたような気になったことを悔やんだ。

 ついでに、多少ましになっていた自分の中でのルーヴェンスに関する評価を、一段階、いいや、二段階下げる。やっぱりこいつは嫌な奴だ、と。


「魔術は、人を傷つけるためのものじゃない。少なくとも、人を傷つけるために生み出されたわけではなかった」


 ルーヴェンスは、ぼそりとつぶやく。

 彼の言いぶりは、不思議と、確信に満ちていた。まるで、魔術が生み出されるそのときを見てきたかのように。

 


 どう返事をしていいかわからず、ウィリアムは口を噤んだ。

 ウィリアムのような若者にしてみれば、魔術とは、当たり前にそこにあるものだ。魔術がどんな意図で生み出されたかなど、想像したこともなかった。


「少年。君は、魔術がなければ――継承者も一般民もなければ、世界は、人の社会は、どう変わっていたと思う。君自身は、どうあったと思う?」


 ウィリアムの戸惑いに、ルーヴェンスの続く問いが追い打ちをかける。



 〈どうしてそんなことを尋ねるのか〉という当然のはずの問いは、幼いウィリアムの頭には浮かんでこなかった。

 かわりに、投げかけられた問いが、静かに、ウィリアムの常識たるものに染みこんでいく。

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