13-6 力を示す

 奇妙にも、ライナルトがルーン列を唱えずにいる間、ルーヴェンスはまったく攻撃の素振りを見せなかった。

 よって攻守が入れ替わることはなく、場が静かに膠着する。



 ライナルトは訝しく思いつつ、足もとに絡みついたマントを神経質そうに払っていたルーヴェンスに問いかける。


「なぜ、何もしてこない?」


「暴力を振るうのは性に合わないんだ。君たちでは理解しかねるかもしれないが」


 人を縛り上げておきながら?――ルーヴェンスの白々しい物言いに、ライナルトは思わず、縛り上げられたワルターとロデリオの方を見やった。

 空気を読んだロデリオが、何も言わないでくれと言いたげに、ぶんぶんと首を横に振る。



 人質のためにも、相手を刺激することは避けなければならない。

 ライナルトは、口から出そうになった指摘を飲み込んで、男に調子を合わせた。


「決闘を受けたことを後悔しているのか? これだって、〈暴力〉には違いないだろうに」


「後悔? いや。むしろ、幸運だったかもしれないと思っていたところだ。勝敗が決まればいいのであって、相手を傷つける必要はないのだろう? ならば、君が自ら敗北を認めてくれればいい。私は、そのために力を示すつもりだ」


 ルーヴェンスはそう言うと、すがすがしくも、どこか挑発的な微笑みを浮かべてライナルトを見据える。

 口にした内容こそ甘いが、彼のまなざしには、それを笑い飛ばせないだけの迫力があった。



 相手は本気だ。本気で、ライナルトを傷つけるためではなく、ただ屈させるために、この決闘の場に立っている。


 ライナルトの攻撃魔術を、防護魔術で防ぐのではなく、対になる魔術で相殺するという難易度の高い手法で迎え撃っていたのにも、先ほどの言葉を聞けば納得がいく――彼は、ライナルトに〈力を示していた〉のだ。



 ライナルトは、深く、長く息を吐く。気づかないうちに、呼吸が浅くなっていた。


 決闘で死ぬことはない。まして、暴力は性に合わないとまで言う者が相手であれば、大きな怪我を負うこともないだろう。

 それなのに、こんなにも緊張するのは、負けてはならないと思うのは、ライナルトもまた魔術師であるからかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る