12-5 無謀、あるいは勇気

「おい馬鹿、やめろ! お前なんかじゃ――」


「第八の符! 杖先に宿りたる太陽エレナの名において、捕らえるは邪なる歯牙!」


 ワルターの制止も届くことなく、ウィリアムのルーン列が結ばれる。



 しかし、下位魔術師としてはそこそこ優秀なロデリオをも無力化した相手に、まだ見習いであるウィリアムが敵うはずがない。


 ウィリアムから攻撃の意思を感じ取った灰髪の男は、ウィリアムの詠唱が終わるより先に、短いルーンを唱え終えていた。

 ウィリアムの足元に広がりかけていた『固定』魔術の魔法陣が瞬く間に解かれ、消えていく。



 ウィリアムは息をのみ、辺りを見回した。

 見習いの身で、優れた上位魔術師を相手取って戦う機会など、そうないはずだ。経験がないだけに、何が起きたかもわからなかったのだろう。


 ただ、敵と彼の圧倒的な力量の差だけは、この場にいる誰の目にも明らかだった――おそらくは、ウィリアム自身にさえも。



 それでも、ウィリアムは再び杖を構える。


「第八の符! 杖先に宿りたる太陽エレナの名において――」


 ウィリアムは、見習い魔術師が教わる通り、まずは相手の動きを封じようと、『固定』魔術のルーン列をもう一度つむぐ。

 自分の魔術が無効化される様子を見た後だというのに、男を睨むまなざしには迷いがない。



 ワルターは、なぜだか、胸の奥が小さく痛むのを感じた。

 こうして縛られていなかったとして、もう一度敵に向かっていく勇気が、自分にあっただろうか?

 いいや。魔術師でありながら、口を塞がれていないにもかかわらず動けないのは、もう心が屈してしまったからではないのか。



 男は、先ほどと同じように、短いルーンをウィリアムの詠唱に重ねた。

 すぐに、ウィリアムが発動させようとして『固定』魔術が男の命令に屈し、術者のもとへと押し返されていく。

 床から伸びた銀の蔓がウィリアムの足元に絡みつき、彼を床に引き倒した。


 あごを床に打ちつけた衝撃にか、ウィリアムの手から魔術杖が転がり落ちる。

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