12-4 小さな勇者

 エントランスの地下部、〈秘密の空間〉。ワルターとロデリオは、灰髪の魔術師の足元で、背中合わせに縛られていた。



 口を塞がれなかったのは、下位魔術師二人など、相手にもならないと思われているからに違いない。

 さらに、二人の手首にかかっているのは、なんの魔術も帯びていない縄だった。

 こんな縄くらい、ルーン列さえ唱えることができれば、下位魔術師でも簡単に焼き切ることができる。


 だが、目の前の敵がおそろしくて身動きが取れずにいる――要するに、男が意図したか否かはともかく、二人は今、かなりプライドを傷つけられる状況に置かれているのだった。



 灰髪の魔術師は、ワルターとロデリオを縛り上げはしたものの、それ以上痛めつけようとはせず、静かに壁にもたれて立っているきりだ。

 牢の中の女たちも、今度はあの男の方に怯えているのか、牢の隅に固まったまま動こうとしない。


「……どうせ、すぐに長兄様がこいつを叩きのめしてくれる」


 背後のロデリオが、自らを――あるいは、ワルターを――勇気づけるようにつぶやく。ワルターは、出そうになった否定の言葉ごと、唾を飲みこんだ。



 ロデリオは知らないだろうが、ジェラールは先ほど支部を出たきり、戻っていない。

 ジェラールを呼びつけるために解放されたマーティンが助けを呼んでくれたとして、敵の要求通りにジェラールがここに来ることはあり得ないのだ。


 とにかく今は、マーティンの判断を信じるしかない。

 彼が助けを求めた相手によっては、ことが片付いた後こってり絞られるかもしれないが、この際だ。助けてもらえるのなら、その後のことはその後でいい。



 すがるような思いで男の背後をのぞき見たワルターは、開けっ放しの扉の先、廊下の突き当たりに、エントランスからはしごを伝って下りてくる人影を見た。

 それも、ずいぶん小柄な……。



 ――ウィリアムだ。



 なぜ、ウィリアムがここに? ワルターが戸惑っているうちに、ウィリアムは地下空間の床をつま先で踏んでいた。


 彼がエントランスを訪れた理由はわからないが、この秘密の空間を見つけられた理由なら想像がつく。マーティンが、隠し扉を閉め忘れたのだ。

 マーティンには、何かと詰めが甘いところがあった。マーティンのしくじりのせいで悪事が周囲にばれたことも、一度や二度ではない。



 〈あの、のろま野郎!〉――ワルターは思わず舌打ちをしたが、心の中でマーティンを罵っている場合ではなかった。

 縄で束ねられたワルターとロデリオを見つけたウィリアムが、躊躇なく魔術杖を抜いたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る