9-7 水
……だというのに。
ジェラールが魔術師であることを知らないがゆえに、敵意を向けることなく話しかけてきた少女。
彼女の言葉に、まるで抵抗を感じなかったジェラール自身。
一瞬とはいえ、当たり前のように成り立ってしまった会話。
ジェラールは、腹の底からじわじわとはい上がってくる不快感を振り払うように、マントを翻す。
ここまで感じていた恐れは、あの少女のために、すっかり拭い去られていた。
『空の破片』までの距離は、他の懸念なしに歩いてみれば、たいしたものではなかった。
『空の破片』の足元にたどり着いたジェラールは、背後に過ぎた通りを振り返る。
ジェラールが『空の破片』との距離を詰めていく間、通りすぎる一般民の誰も、魔術師がすぐそばにいることに気づかなかった。
今もなお、誰一人、ジェラールの方を見ていない。
あれほどの恐怖だったはずの外界は、拍子抜けするほど手応えがなかった。それは小気味よくもあり、かえって薄気味悪くもある。
ジェラールは、尽きない不安を横に置いて、『空の破片』に向き直った。
遠目には見たことがあるものの、至近距離で『空の破片』を観察するのは、ジェラールにとってはじめてのことだった。
『空の破片』は、見た目には〈大きな青い石〉だ。そこらの二階建ての屋根を遙かにしのぐ巨大な半透明の体に、よどみなく背景を透かしている。
近くに寄ると、見上げても視界に入りきらない大きさに、強い圧迫感を受ける。しかし、『空の破片』が異様なのは、ただ巨大なためではなかった。
ふいに、ジェラールと『空の破片』の間を、風が吹き抜ける。風の動きにつられて、『空の破片』の表面に、ざわりとさざ波が立った。
まるで、巨大な水の塊のように――奇妙な表現だが、そうとしか形容しようがない。巨大な水の質量を前にしているという感覚が、『空の破片』の与える圧迫感を増幅させていた。
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