8-4 エントランス

 ライナルトは、しばし考え込んでから――おおかた、ジェラールを無理に食堂に引きずっていくべきかどうか、といったところか――再び、ため息をつく。

 今度のため息は、呆れているというより、どこか清々しさを感じさせるものだった。


「エントランスに行ってみろ。今朝からワルターが受付番だ。あいつなら、食堂でくすねたパンの一つや二つ、隠し持っているに違いない。お前が要求すれば、喜んで差し出すだろう」


 なぜ、その方法を思いつかなかったのだろう? ジェラールは、冷静な兄を持って本当に良かったと思った。



 複雑に空間が絡み合う火の都フラメリア支部拠点だが、正式な出入り口は一箇所しかない。それが〈エントランス〉だ。

 エントランスには、出入り時に記名する記録簿がある。カキド以外の名が記載されることは稀だろうが、探しているのがカキドなら、最初に当たるべき場所だった。



 エントランス、それにワルターといえば――ジェラールは、昨日の朝、食堂で出くわした一件を思い返す。


 火の都フラメリア支部では名の知れた不良下位魔術師、ワルターが、魔術の使用が禁止されている食堂で魔術杖を抜いた。


 不運にも、その場に指導員長であるライナルトが居合わせていたため、ワルターは罰としてエントランスでの受付係を命じられることになった。それが確か、今日から三日間だったか。



 ジェラールは、受付係の任に励むワルターのことを思い、微笑んだ。


「ワルターの奴、死ぬほど退屈してるだろうな」


「居眠りでもしているかもしれない。起こしてやってくれ」


 ライナルトは、からりと笑い、ジェラールに手を差し出す。ジェラールは片手に歩行杖を、片手にライナルトの手を握り、立ち上がった。



 小休憩と、ライナルトの気遣いのおかげで、息もすっかり整っている。相変わらず空腹は辛いが、解消の目処がたった分、楽になった。


「カキドのことだから、心配いらないだろうとは思う。だが……くれぐれも、無茶はするな。お前が動揺すると、兄弟たちにも伝わってしまう。皆のためにも、自分を大事にするんだ。わかったな。もし何かあっても、一人で抱え込むんじゃないぞ」


 ライナルトはそう言いながら、ジェラールを軽く抱擁する。そして、影のようなルカとともに、廊下の向こうにある扉から、その先の空間へと去っていった。

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