6-3 影

 だが、今の彼がその力を振るうことはめったにない。


 ジェラールは、リャンほどの治癒術師が活躍しないのは惜しいと思いながらも、彼にそれを強いることはできずにいた。


「リャン! 俺だ」


 ジェラールの呼びかけにも、暗闇は黙したままだ。

 こういうときのリャンは、たいてい眠ってしまっている。ジェラールは、魔石の明かりを手に、部屋の奥へと進んだ。



 薬棚のわき、コの字の半ばまで達すると、入口からは見えなかった、部屋の終点が見えてくる。

 ジェラールが魔石を掲げると……予想通り、最奥の暗がりに、安楽椅子に腰かけたまま眠るリャンの姿があった。



 リャンは、暗がりの中、脱力しきり、足首から腰のあたりまでを覆う古びたひざ掛けの上で、ゆるく両手の指を組んでいた。

 まるで、死体のようだ――ジェラールは、恐る恐るリャンに近づき、その手に触れる。


 リャンの指先はジェラールが望むほど温かくはなかったが、触れられたことに気づいてか、リャンのまぶたが瞬く。


「キース……?」


 彼がまどろみの中でつぶやいた名前に、ジェラールは一瞬、心が軋むのを感じた。

 自分を視線に、いつもの自分に向けられるのとは違う熱を感じたジェラールは、リャンの手を強く握り、声をかける。


「起こして悪いな。さっきの続きを話しに来た」


「〈さっきの〉……? ……そうか、そうだった」


 リャンの口調が、はっきりとしたものになる。同時に、彼がジェラールに向けていた強い感情の気配もかき消えた。

 気づかず呼吸を忘れていたジェラールは、寂しいような、ほっとしたような思いで、小さく息を吐く。



 ジェラールの思いを知るはずもないリャンは、気だるげに身を起こすと、安楽椅子の手前、壁に沿って置かれた寝台を指し示した。


「間が開いてしまったからね。まずは、お座りなさい」


「ああ、頼む」


 いつも通りのやり取りに安堵しながら、ジェラールは、薬草のくずの上に薄い布を敷いただけの固い寝台に腰かける。

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