3-15 月の夢

 ウィリアムが何か言い返そうとしたとき、ワルターが勢いよく立ち上がる。


 かき込むように食事を終えていた彼は、班の者たちに片づけを命じると、早足に食堂を出ていった。

 立ち上がった拍子に倒れた椅子もそのままに、「チッ、〈月の夢〉も見ていないくせに」と吐き捨てて。



 ワルターの残した一言が誰に向けられたものであるかは、その場にいた皆に明らかだった。

 ウィリアムはうつむき、そっとスプーンを置く。食器の中身は、まだ残ったままだったが。



 〈月の夢〉というのは、継承者マケイアならば必ず見る、「見渡す限りの荒野に、大きな月が浮かんでいる」夢のことだ。


 月についてのイメージはさまざまで、見慣れた丸い月であると言う者もいれば、どこかが欠けていた、あるいは縁がかろうじて残るだけの細い月だったと言う者もいるが、月と荒野という組み合わせだけは共通している。

 

 夢にのみ現れ、現実には存在しないその場所を、魔術師たちは〈月の都ルーナ〉と呼んでいた。



 継承者マケイア月の都ルーナを訪れるのは、人生において一度きりだ。大抵、十歳を過ぎた頃に月に呼ばれ、月の都ルーナへの立ち入りを許される。


 大人の魔術師であれば、皆月の都ルーナを訪れている――裏を返せば、月の都ルーナに招待されないうちは、まだ大人の魔術師とは言えない、ということだ。



 ウィリアムは、まだ食事の残っているトレイを引っつかみ、立ち上がった。


「いろいろ、ありがとうございました! 僕、そろそろ失礼しますね。長兄様、長姉様、次兄様、ごゆっくりどうぞ」


 無理に明るい声を出しながらも、その顔はそっぽを向いたままだ。

 ウィリアムは、係の者にトレイを返却するなり、逃げるように食堂から去っていく。


 去り際、ウィリアムの心の揺れが、ジェラールの内側をかすかに揺さぶった。小さい子供が親しい大人の裾を引くような、そんなシグナルだった。


 無意識のうちに助けを求めてきた弟分の胸中を思い、ジェラールは目を伏せる。

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