3-10 指導員長

「〈魔術師に大事なものは、集中力と冷静さ〉、だったか」


 そんな言葉とともに、先ほど詠唱が聞こえてきた方から、一人の青年がジェラールたちのもとに歩み寄ってきた。半歩後ろに、長身の男を従えている。

 ジェラールは喜色を露わに、青年に声をかけた。


「どうにかしてくれると思ってたよ。流石だな、ライナルト」


「何を言う。お前が合図をしたんだろう」


 青年魔術師――指導員長であり、ジェラールの親しい兄貴分でもあるライナルトは、困ったように微笑む。


 年ごろとしては、カキドより少し上か、彼女と同じくらいだろうか。

 すっきりとした金色の短髪に加え、うなじのあたりからひょろりと伸びる、毛先まで整えられたまっすぐな

 親しい弟分を前に、嬉しそうに細められた瞳は、燃えるような琥珀色だ。


 この髪と瞳の色は、光の都ルミエーラ出身者の特徴だった。


 たくましい体つきで、上背もそこそこあるはずの彼だが、それほど大柄に見えないのは、付き添っている男のせいだろう。



 長身の男は、ライナルトの補佐、ルカ・トレーサーだ。

 風の都ヴァーニア出身者の証である黒髪と、鋭い緑の瞳を持つ彼は、ライナルトに比べるとすらりとして、しなやかな印象を与える。

 

「巡回中か?」


「ああ。ついでに飯をと思ってな」


 ライナルトがジェラールの問いにそう応じると、ルカがライナルトの背後からすべり出て、無言のままに食事を取りに向かう。


 そんな彼の様子に、「相変わらず、ライナルトの影のような男だ」と、ジェラールは思った。



 ルカはひどく寡黙で、ライナルト以外とはほとんど口をきかない。ライナルトの上司であるはずのジェラールやカキドが相手でも、同様だった。

 ただ、ジェラールもカキドも、彼の能力には一目置いている。そのため、はたから見れば無礼な彼の振る舞いにも目をつぶっているのだった。


「まさか、食事の前に規則違反者を取り押さえることになるとは思わなかったが――」


 ライナルトはワルターをちらりと見やってから、その足元に転がっていた魔術杖を拾い上げる。

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