3-4~6 不良青年

 ジェラールの隣――空いた方だ――に腰かけたカキドは、愉快そうにスプーンを振り振り、ウィリアムを追い詰める。


「まあ、僕は優しいからね。安心して申請してもらってかまわないよ。君みたく単独行動ばっかりするような見習い、指導員が認めてくれるとは思えないけど。そういえば君、この頃、見るたびに一人ぼっちだね。仲間はずれにでもされてるの? 寂しいねえ」


「う、うるさいっ! ……ですよ!」


「で、何があったんだ? 班の兄弟と行動したくない理由があるんだろ」


 好奇心に目をかがやかせたジェラールが、睨み合う二人の間に割って入る。

 ジェラールを相手にすると、ウィリアムは怒りを引っこめ、代わりに、粥をスプーンでかき回しながら、気まずそうに口ごもった。

 


 今朝の食事は、さまざまな豆と穀類を煮た灰色の粥、とろみをつけた芋のスープに、ドライフルーツが少し、というものだった。

 特に糖分を必要とする一部の優秀な魔術師には、砂糖とハチミツでできた飴と、それを溶かし飲むための薬草茶も配られる。


 ジェラールは、食事の中から飴をつまみ上げると、しゅんとしているウィリアムのトレイに移してやった。特別な魔術師だけに許される四角い黄金色の飴を前に、ウィリアムの表情がわずかに明るくなる。

 ウィリアムは、他の者に咎められるのではないかと周囲をよく見回してから、飴を口に放り込んだ。


 しばらくして、少し落ち着いたらしく、重い口を開く。


「ちょっといろいろあって、どこから説明したらいいのかわからないんですけど。……えっと、ワルターの奴が――」


 ウィリアムが話し出した直後。食堂の入り口の方が、にわかに騒がしくなった。

 見れば、若魔術師の一団が食堂にやってきたところだった。一人前らしい若魔術師が二人、中年の魔術師が一人、見習いが二人という構成だが、少し観察していると、その上下関係がはっきりしてくる。


 先頭を歩く若魔術師がリーダーらしい。ルミエーラ生まれの証である金髪を後ろで束ねた、二十代前半ほどの青年だ。

 もう一人の若魔術師と、中年の魔術師は、リーダーのおしゃべりにあいづちを打つだけで、自分たちは話そうとしない。

 最後尾を歩く見習い二人は、リーダーの不興を買わないように精いっぱいなのか、黙って身を縮めていた。



 金髪の若魔術師は、見習いらに食事を取ってくるよう命じると、残りの二人とともに、中央列の最後方――配膳ワゴンに最も近い定位置に陣取った。

 懐から取り出した葉巻に火をつけた彼は、見習いと、ワゴンの後ろに立つ係の者に向けて、「多めに入れろよ! それと、飴もよこせ!」とがなる。

 見習いたちは、リーダーと係の者の間に挟まれ、身の置き所がなさそうだ。


 黄金飴は、選ばれた魔術師だけが口にできるものだった。同じく、フラメリア支部における葉巻も、病人や怪我人の治療にのみ使われるもので、嗜好品としては出回っていない。

 どちらも、許可なく手を出せば規則違反だ。



 金髪の若魔術師は、まだ、この場にジェラールがいることに気がついていない。ジェラールは杖を手に立ち上がり、見習いたちを睨んでいる彼の方に歩み寄る。

 これから起こることを予期したカキドが、「ジェロアったら、子供なんだから」とでも言いたげにかぶりを振る。


「ご機嫌じゃないか、ワルター? えらく遅い朝食だが、寝坊か?」


 ジェラールに声をかけられ、金髪の魔術師――ワルターが振り返った。ジェラールの姿を捉えた彼の顔が、みるみるうちに血の気を失っていく。


「げっ、長兄様――!? 執務室にいるんじゃ……。あの、俺、えっと……すみませんっ! これは、その……。ご気分を損ねるつもりは……!」


 ジェラールは、あわてふためくワルターの口からこぼれ落ちた葉巻を宙で受け止め、彼の肩に腕でもたれかかる。


「怒ってるわけじゃないさ。支部員を叱るのは俺の仕事じゃないからな。だが、悪さもほどほどにしておかないと、そのうち痛い目見るぜ」


「そうですよ! 長兄様、こいつです! 全部こいつのせいなんです!」


 ジェラールの背後で、ウィリアムが勢いよく立ち上がり、ワルターを指差す。



 ワルターは、フラメリア支部内では名の知れた不良魔術師だ。手癖が悪く、乱暴で、下の者を労ることを知らず、おまけに怠け者ときている。

 ろくに修練もしないせいで、魔術師としてもいまいちだが、そこに劣等感を感じているらしく、才能のある魔術師に対してはやけに腰が低い。


 ワルターとウィリアムは、同じ班に属していた。

 けれども、指導員の目を逃れ、班のリーダーぶるワルターと、彼を「卑怯者」と呼び、反抗するウィリアム――二人の相性はあまりに悪く、どれだけ罰則のトイレ掃除を共にこなしても、和解する気配は見えなかった。



 ジェラールの傍から顔を出したウィリアムを見て、ワルターも声を上げる。


「あーっ、そいつ! 見習いの中でも落ちこぼれのくせに、また長兄様にひいきされて! そうだ、聞いてくださいよ長兄様! 俺、この前そいつを負かしてやって、それで……」


 と、言いかけて――ワルターの表情が固まった。自身の口にしようとしている内容がまずいものであることに気づいたらしいが、時すでに遅し、だ。

 ジェラールは眉をひそめ、ウィリアムに問いかける。


「見習い相手に、魔術で戦いを? ウィリアム、確かか?」


 ウィリアムは深くうなずいた。

 けれども、ウィリアムにとって重要なのは、見習いに魔術で戦いを挑むのが規則違反であることではない。先の肯定も、ジェラールにワルターを咎めさせるためのものではなかった。

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