3-1~3 食堂

 食堂は、フラメリア支部拠点において数少ない大部屋の一つだ。拠点を作り上げる際、ある程度の大きさを必要とするとして、空間の選定に非常に悩まされたエリアでもある。


 皆とともに考え抜いて決めたこの場所を、ジェラールは気に入っていた。

 壁、床、天井ともに板張りで息苦しさがあまりなく、空間の本来の在処が廃墟の中であるにもかかわらず、この先何十年も使えそうな、しっかりとした造りをしている。

 しみのついた箇所や、踏みしめると軋む箇所はあるものの、それを考慮しても、十分すぎるほどの物件だった。

 皆が安心して集まることのできる食堂――支部を立て直すに当たって、ジェラールが強く求めたものの一つが、なのだった。


 一日二回の食事時には当然賑わう場所だが、それ以外の時にも、支部員同士の交流の場として使われる。

 居心地の良さから、一時は〈さぼり場所〉として支部員の間に定着したこともあった。今では、定期的に指導員が見回りに訪れ、日中の仕事を怠る者たちを取り締まっているが。



 五十人ほど収容できる――八人掛けの木の長テーブルを短辺で繋げ、二つ並べたものを一列として、三列が入口から奥へと伸びている。規模の小さなフラメリア支部には大きすぎるくらいだ――食堂には、まだ、遅い朝食を取っている者たちがちらほらと残っていた。

 彼らは、新たに食堂にやってきた者の姿を見るや、それぞれに、それぞれの反応を見せる。

 しゃっくりのような挨拶を投げかける者、顔を明るめて会釈をする者、慌てて身なりを整える者、目が覚めたとでもいいたげにスプーンを落とす者……。

 自身を中心に広がる手ごたえに、ジェラールはにやりとした。


「あなたって、結構人をおもしろがっちゃうところあるよねえ。僕が言えたことじゃないけどさ。食事をもらってくるから、適当に座っておとなしくしててよ」


 付き添いのカキドは、呆れたようにそう言うと、ジェラールを置いて食堂の奥の方に向かっていった。

 彼女が向かう先には、大鍋が二つとトレイ、食器類を乗せた配給ワゴンと、ドライフルーツの瓶、飴の入ったかごが置かれた低い台が並んでいる。

 ワゴンの背後には配給係の者が立っているが、彼らは食事を注ぐだけで、テーブルまで運ぶのは各自で行うことになっていた。



 ジェラールはカキドに配膳を任せ、自らはちょうどいい席を探す。――と、右奥の隅のテーブルに、見慣れた鳥の巣頭を見つけ、足早に歩み寄った。

 鳥の巣頭の主は、まだ十二か十三ほどの少年だった。

 ふわふわとした茶髪に、普段なら好奇心に輝いている緑の瞳――アルベリア出身者の特徴だ――の持ち主である彼には、近づいてくるステッキの音も聞こえていないようだった。

 心ここにあらずといった様子で、ぼうっと目の前の食器を見つめている。

 木製の深皿には、粥がまだ残っていた。けれども少年の手は、スプーンをにぎったまま宙で固まってしまっている。


 この少年においては、そう珍しいことでもない――ジェラールは、体をひねるようにして、少年のとなりに腰を下ろした。

 背もたれのない丸いすは、それほど動かさずに座ることができる。体の不自由なジェラールにはありがたいことだ。


「よう、ウィリアム。また何かあったな?」


 声をかけられてはじめて、少年――ウィリアムは、ジェラールに気がついたようだった。

 驚きに肩を跳ねさせた彼は、「長兄様!? どうしてここに……」と、信じられない様子でジェラールの姿を凝視する。

 その小さな手からすべり落ちたスプーンが、深皿の縁にぶつかり、コツンと小気味よい音を立てた。


 ジェラールがしばらく執務室を出ないことは、カキドが皆に伝えていたはずだ。こんなに早くそれが解かれるとは、誰も思わなかったに違いない。


「お許しが出たんだよ。な?」


 ジェラールはそう言いながら、ちょうど戻ってきたカキドを見上げる。

 二人分のトレイを手にした彼女は、「はいはい」と適当にあしらいながら、片方のトレイをジェラールの前に滑らせた。


 ウィリアムは、驚いていた顔を喜色に塗り替えた後、感謝していいのかどうかわからないと言いたげな面持ちで、カキドの方を窺った。

 ジェラールが「ライナルトが一言、言ってくれたんだ」と耳打ちすると、ウィリアムがカキドを見る目も、いつも通りの不機嫌そうなそれに戻る。



 ウィリアムは、ひょんなことからジェラールの傍に置かれるようになった見習い魔術師だ。

 まだ見習いではあるが、魔術師がどうあるべきかをよく心得ており、好奇心に溢れ、積極的に学ぶ努力家で、ジェラールは、そんなウィリアムの気性を気に入っていた。

 短所を挙げるなら、負けず嫌いかつ、ジェラールのことを敬愛ところだろうか。


 ジェラールの弟子を目指すと公言している彼は、常にジェラールの傍らにあって、たびたび余計な口を出す――ウィリアムにしてみれば、そんな風に見える――カキドの存在が気に入らないらしく、カキドの前では、いつも不満をあらわにする。


「朝から長姉様の顔を見てしまうなんて、最悪です。長兄様にお会いできたのは最高ですけど……」


「失礼なおちびさんだね。僕のサインがなければ、見習いから昇格することもできないくせに」


 カキドが涼しい顔で応じると、ウィリアムは、返す言葉もない様子で唇を噛みしめた。



 フラメリア支部の子供は六つになると、見習い魔術師として、魔術を学ぶことが許される。

 見習い魔術師の間は、学べる魔術や行動範囲に制限がある。決められた手続きを経て、ようやく一人前として認められ、制限以上のことができるようになるのだ。

 見習いが一人前の魔術師になるためには、まず、試験に合格し、所属する班の指導員に認められる必要があった。



 フラメリア支部は、日常のあらゆる活動を六、七人程度の班単位で行っている。それぞれの班には指導員がつき、魔術の指導や、生活の規律維持につとめていた。

 見習い魔術師が昇格試験に合格したあとは、この指導員が見習いを指導員長に推薦し、指導員長を通じて、副支部長に認定申請がなされる。副支部長がこれを認めることで、見習いは晴れて一人前の魔術師になることができる。


 従って、見習いが一人前になれるかどうか、最終的に判断するのは副支部長――カキドであるということになる。

 ウィリアムにすれば、大嫌いなカキドが自分の処遇に関する決定権をにぎっていることが、なおさら腹立たしいのだろうが。

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