2-1 フラメリア支部
全都魔術師連合・
その名の通り、全都魔術師連合の一支部であるこの支部には、拠点らしい拠点が存在しない。と言うのも、一般民に利用されていない建築物やその一部分、隠れた地下水路などを転移魔術を応用してつなぎ合わせたものが〈フラメリア支部拠点〉であるためだ。
入り組んだ廊下の末の行き止まり、余計なほどの階段に、部屋へとつながらない不要な扉。不必要に見えるパーツをいくつも抱えた拠点内部の構造は非常に複雑で、全体像を把握している者は何人といない。
そんなフラメリア支部拠点の中、最も厳重に秘された場所といえば、間違いなく支部長のおわす執務室だ。
そこへの道を知り、かつ執務室に立ち入る許可が与えられている者は、ごく限られていた。
支部の運営に直接関わる幹部だけが立ち入りを許された、フラメリア支部の〈聖域〉――その実情はしかし、そう華やかでも、謎めいてもいなかった。
大人の男が大股で歩いたとして、五歩分程度の奥行きに、その半分程度の幅。
入り口に対面する飾り気のない執務机に、背もたれの高い椅子。入って左手には、来訪者のためのソファ。どれも、さほど立派とはいえなかった。
執務机の周りには、いくつもの書物の塔がそびえ立っている。書物はどれも魔術に関する学術的なもので、年ごろの青少年が好むような類のものではない。
風属性と光属性の魔術を混ぜて鉱石に込めた、熱を放たない灯りをいくつか照明に使っているが、使われている鉱石は質が良くないらしく、かろうじて弱々しい光を放つだけのものも混じっていた。
一組織の長の仕事場だと言うのに、この部屋には、贅沢品と呼べるものがない。あまりに質素で、むしろ、素っ気なくすら感じさせるほどだ。
ふと。本の塔に囲まれ、執務机に向かう椅子に身を沈めていた人物が、大きな欠伸とともに目を瞬かせる。
男にしては、やや小柄だった。肩の辺りまで伸びる、まっすぐな赤髪。目にかかるほどの前髪の隙間から、涼やかな目元がのぞく。瞳は、深みのある緑色だ。
妖精女王の恩恵の下、都世界に産まれた赤子は、毛髪と虹彩に出生地特有の色を宿す。
彼の持つ赤髪と緑の瞳は、
目を覚ました彼は、戸惑いつつ辺りを見回す。落ち着いた眼差しに反して、その顔立ちは大人の男と言うには幼い。まだ、少年といっていいほどだ。
フラメリアの若き支部長、ジェラール・ベロワイエ。彼はまだ、ほんの十七だった。
自身が見慣れた執務室に置かれていることを見て取ったジェラールは、意識を失う前のことを思い出そうとした。
寝ようと意識した記憶はない。執務机の下に、読みかけの紙束が落ちている。寝ている間に、膝から滑り落ちたらしい。
紙束を拾い上げようとしたジェラールは、執務机の左側、最下段の引き出しが、わずかに開いていることに気がつき、苦い顔をする。
その引き出しに入っているのは、大量の手紙だった。それも、全てが同じ差出人のものだ。
ジェラールは引き出しに手を差し入れると、指先に触れた手紙を一つ取り上げる。宛名も、差出人の情報も記されていない、生成りの封筒。中には、紙が一枚、二つ折りにして収めてある。
――コンコン。ふと、扉が叩かれた。
執務室に訪れる者は限られている。やってきたのがその内の誰であっても、警戒する必要はない。ジェラールは、封筒を引き出しに戻してから、「開いてる」と返事をした。
ジェラールの返事をほとんど待たず、扉が開く。その向こうから、ジェラールには見慣れた女が顔を出す。
「うわあ、また自分の周りだけ散らかして……。どこかの小動物みたく、巣ごもりでもしてるつもり?」
呆れたように執務机の足元を見やりながらぼやいた彼女は、フラメリア支部・副支部長、カキドだ。
どこかミステリアスな黄色みの強い緑の瞳に、穏やかに垂れた目尻、その上を飾る困り眉。
二十代半ばほどに見えるが、年齢のわりに落ち着いた雰囲気をしているのは、彼女もまた――ジェラールほどではないにしても――若いうちから重責を負ってきたことの表れなのかもしれない。
魅力的な体つきのために異性の目を引きがちな彼女だが、その中身が結構なひねくれ者であることを、ジェラールはよく知っていた。
ジェラールに仕事を届ける立場であるがゆえに、カキドが執務室を訪れる頻度は高い。
副支部長の仕事である〈支部長の職務に関わる、あらゆる雑務〉――例えば、支部内のそれほど重要でない事柄の決定や、外部の者との橋渡しをするなど――という職務の中、最も重要な仕事は、〈仕事の割り振り〉だ。
支部内の仕事になりそうな案件は全て、一度、副支部長のもとに届けられる。副支部長であるカキドは、それらの判断を一任されていた。
下に振るべき仕事は下へ、上ならば上――支部長であるジェラールのもとへ。執務机の方に歩み寄ったカキドは、小脇に抱えていた紙束を、ドサッと執務机に置く。
「かわいいジェロアにプレゼントを持ってきてあげたよ。しばらくは退屈しない種類のやつをね。どうぞ、目一杯楽しんで」
一言、「ああ、〈長兄様〉か」とつけ足してから、カキドは底意地の悪い笑み――この台詞がなければ、妖精女王の微笑みに見えるだろうに――を浮かべる。
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