第6話 芝桜が咲く林道

 暖かい季節になった。昼間は日が出ていて少し熱いくらいだが、この時期、夜はまだ風が冷たい。仕事帰りの確蔵かくぞうは家に帰る為、林道を歩いていた。


「少し遅くなっちまったな。」

 いつもは日が出ている頃に帰る彼だが、今日は町での仕事が長引いてしまい、気が付いたら日が落ちていた。この分だと家に着くのが遅くなってしまう。そう思いながら彼は仕事道具を抱え、はや足で林道を歩いた。


 月が出ている為、夜でも明るかった。この林道は、広大な林の中を横切り、村へと続いている。もともとこの林道は、木こりが木を伐る為に利用していた道で、低い草木が生えている場所を切り開いて道にしていることもあり、右に行ったり左に行ったりと蛇行している。分かれ道が多くあり、町や村へと続く道と、木こり木を伐るという本来の目的の為に利用する道とに分かれている。利用者は分かれ道にある立札を見て、町や村へと続く道を歩くのだった。


「近道をするか。」

 確蔵は林道を何度も通っている為、近道を知っていた。村へと続く道は北向きに大きく半円を描いているが、その道を直線でつなぐように、木こりの道が続いていた。彼はその木こりの道に入っていった。道は狭く、背の高い木がすぐ近くまで生えていて、月明かりがあまり届かない。最近は獣の被害は聞かないが、彼は警戒しながら進んでいった。


 近くでミミズクが鳴いた声が聞こえた。

 道は途中で終わっていて、その先は人が一人通れる位の細い道が続いている。

「ここを通れば、村近くの林道に出られたはずだ。」

 確蔵は細い道へと入っていった。途中でリーン、リーンやジーーッ、といった虫の声が草木のあちこちから聞こえてきて、反響している。道は起伏が増えてきて険しくなってきた。近くでまた、ミミズクの鳴く声。


 しばらく歩くと、道は段々と広くなり虫の声は小さくなった。草木も低い木が多くなり、月明かりが届くようになった。

「なんとか村の近くまで近道ができたか。」

 確蔵はそう思いながら歩いていると、右奥のほうから薄桃色が見えてきた。近づくと、それは桜で、月明かりに照らされてうっすら光っていた。

「はて。朝通った時に桜なんて咲いてただろうか。」

 桜は道の沿って咲いており、七分咲きか八分咲きといったところで、見事だった。

 桜の木々の周辺は草木が少なく、広く、見晴らしが良くなっていて、その奥の方を見やると、そこには、ぎっしりと一面、赤紫色の地面が広がっていた。

「こりゃあすごい。絶景だ。」

 そこには、見渡す限りの芝桜が、ずっと奥まで咲き乱れていた。




 確蔵は林道を抜けて家に着くと、彼の妻が帰りを待っていた。

「ずいぶん遅かったじゃないのさ。どうしたんだい。」

 夕飯の準備をしながら、彼の妻が心配そうに聞いた。

「いや、仕事が長引いたから早く帰ろうとしたんだが、どうも道に迷ったらしくて遅くなった。すまないな。……ところで、さっき林道の中で芝桜がぎっしりと一面に生えている場所を見つけたんだが、知っているか?」

 あの芝桜は実に圧巻だった。赤紫色が、今も脳裏に焼き付いている。

 場所はどこだったか。たしか木こり道を進んで、細い道を進んだ。それから……。はて、それから迷ってしまったのかもしれない。どうやって、林道を抜けて家にたどり着いたかも思い出せない。記憶がない。

 ただ、赤紫色の芝桜だけが強く印象に残っていた。


 次の日、確蔵は朝から林道へ向かい、探し回ったが、結局、あの場所を見つけることはできなかった。昨日の記憶を頼りに木こりの道の先、細道を進んでも、見つからずに林道を抜けてしまった。しかたなく、確蔵は家へと帰った。


 それからというもの、他の村人や旅人の中にも、この芝桜を見たという人が出てくるようになった。それは道に迷ったときに見たらしく、どうやって、そこにたどり着いたか分からないという。ついには、行方不明者が次々と出てくるようになり、人々の間で『迷わせの芝桜』との噂が広まっていったとのことだ。




 三色団子を振りまわしながら、はやてがその『迷わせの芝桜』について長く語っているので、僕は相槌も入れずに静かに聴いていた。

「その芝桜が妖怪の類かもしれないという噂もあって、依頼が入ったわけさ。」

 話が終わると、彼は満足そうに、持っていた三食団子を一口食べた。

「これから向かうのが、その林道。ちゃっちゃと終わらせようぜ。」

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妖怪退治屋かざぐるま れいた @raitaro

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