第5話 黄泉へと続く川
気が付くと、ふわふわと身体が浮いているような感覚がした。
力を入れ、動かそうとするが、身体は動かない。目をゆっくりと開けてみる。瞼は動いた。少しまぶしい感覚。空は暗くとても高いが、周りの空気からは光を感じる。朝なのだろうか。それとも、夜なのだろうか。
僕は首を横に傾けようとしたが、思うように身体に力が入らない。なんとか動かそうと、首に意識を集中させてみる。ぐぎぎと首筋から嫌な音がする。わずかに首を傾けることができた。
そこは光の川だった。川が柔らかい光を放っている。その川を僕は仰向けのままゆっくりと流されていた。川は流れているのに水音はしない。とても静かだ。水の冷たさも感じない。流れているのは水ではなくて、本当に光なのかもしれない。
視線を川岸のほうに向ける。光の川ほどではないが、川岸もうっすら光っているように見える。川岸の砂利が光っているのかもしれない。さらに奥のほうに視線を向けると、そちらは草木が生い茂っていて、その先には深い闇が広がっている。見渡してみると周辺に橋や船などの人工物はない。波を立てずに流れる光の川。さきほどからずっと同じ景色が続いている。真っすぐの川、岸、草木。僕は変わらない景色を見ることをやめ、首の角度を戻し、空を見る。
ここはどこだろう。どうやって来たのだろう。駄目だ、まるで思い出せない。
――僕は誰なのだろう。
空は澄んでいて高い。しかし暗く、星も見えない。僕はその空虚な空をぼうっと眺める。すると、視線の端でゆらゆらと飛んでいる火の玉を見つけた。大きさを比較するものが無いため、距離が良くつかめないが、草木よりも高い位置にいるように見える。ゆらゆらとゆらめいている。気になって、目を凝らして見てみると、火の玉の中心は人の形をしていた。あれはなんだろうか。
答えは返ってこない。ここには誰もいない、独りだ。僕は目をつぶった。
そのまま少し眠ってしまったかもしれない。薄く目を開けてみると、先ほどと変わらない静かな空が見えた。ゆらゆらとゆらめく火の玉はもう見えない。川の流れに身を任せることは心地よい。ずっとこのまま流されていたいと思う。何も考えずに。
もう少し眠ろうかと思ったとき、川岸の方から人の声が聞こえた気がした。
「おや。舟にも乗らずに。人が流れてくるなんて奇妙だ。」
かすかに誰かの声が聞こえる。男性の声だ。
こんな場所に、人がいるのか。こんな何もない場所に。
砂利の上を歩く音。光の川が波打ち、人が近づいてくる気配がする。
僕は体を起こそうと試みるが、体は動かない。先ほどと同じように首だけ動かしてみる。首に意識を集中させる。ぐぎぎと嫌な音をさせながら、ゆっくり動く。
そのまま首を動かし川岸の方に視線を向けると、光の川に照らされた彼の姿が見えた。人だ。彼は薄紫色の着物を着ている。彼は着物のまま川に入り、こちらへ近づいてきている。
「おやおや。お前さん、運が悪いね。そっちは黄泉の国だよ。こっちへおいで。」
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