第2話 本当のはじまり

「起きろ、なぎ。そろそろ出発するぞ。」

 春の温かい日差しのお陰で、僕はすっかり眠っていた。


「今回は間違いない。茶屋の主人も困っているそうだ。」

 茶屋の前で仁王立ちしている大男は頭の青嵐あおあらしだ。背中に無骨な金棒を担いでいる。その風貌はまるで鬼のようだ。のしのしとこちらに歩いてくる。

「よかったな。お前の初仕事だ、凪。」

 気楽にな。と言うと青嵐は屈みこむ。木に背を預け座り込んでいる僕の肩を掴み、僕の体をぐいと起こした。力が強い。……痛い。


 僕がここに来てから数週間が経とうとしている。……妖怪退治か。僕は自身の腰に無意識に触れる。すると、カチャリという音と重さを感じた。そこには刀があった。

 

 ――。怨念が実体化したは、至る所で悪さをしていた。は田畑を荒らすものもあれば、人に直接害をなすものもあり、人はに対抗する術がなく非常に困っていた。

 事態を重く見たある名主は、妖怪退治を生業とするものに一定の地位と褒美を約束した。その結果、いくつかの妖怪退治屋が誕生した。

 その一つが、この妖怪退治屋「かざぐるま」だ。


「妖怪なんていうのはね、昼間に退治すればいいのさ。」

 紅い着物に黒い襟、きらきらとしたかんざしの花魁風の女性は、僕にみなみと名乗った。みなみはキセルを吸いながらそう言った。

 「心配いらないぜ。旦那。相手は妖怪なんだ。思うことなく一刀両断すればいい。その腰に携えている刀でスパーンとな。」

 カッカッカッ。と高らかに笑うのは、かざぐるまの中で一番威勢の良い剣士。彼ははやてと名乗った。馬を引きながら、肩を揺らして歩いている。意気揚々としていてこれから妖怪退治だというのに、まるで楽しそうだ。

 僕は彼の引く馬の方に視線を向ける。馬には僕たちの荷物がくくり付けられている。その馬には荷物の他にも銀髪の長身の男性が乗っている。彼は岩おこしと名乗った。


 頭の青嵐。元花魁のみなみ。威勢の良いはやて。岩おこし。そして僕の合計5人。これが妖怪退治屋かざぐるまのメンバーだ。僕たちは妖怪が出るという、とある家屋に向けて歩いている。


 ほどなく、目的の家屋に着いた。町の外れにある一見普通の家屋。なのだが、周りに人の気配はない。家主は数か月前に行方不明となり、空き家となっているらしい。そこに妖怪が棲みついてしまい、皆、近寄らないようにしているとのことだ。

「こりゃひでえ妖怪の気配がするな。なあ、お頭。」

 はやては背中に背負った大剣を抜き、家屋にゆっくり近づく。

「待て待て。今回は凪がやる。お前は凪の後ろについてろ。」

「分かっているよ。お頭。」

 青嵐に先に行けと催促される。僕は、ふぅと息をしてから腰の刀を抜き、はやての前へと出て家屋の方へゆっくり歩みを進める。


 やがて、ガタンと家屋の扉が開くと、中から白い霧のような妖気とともに、白い衣装を纏ったが出てきた。


 空気が張りつめ、ピシピシと音がする。威圧を感じる。僕は気圧されないように両足に力を込める。

 家屋から出てきたは、白装束を着た若い女性の形をしていた。よく見ると白装束の腕や脚の部分には何筋もの赤い線状の刺繍が見える。黒い髪で顔が隠れているが、紅をひいた口元は歪んでいて、笑っているように見えた。


 ――僕はに対峙した。全力でに集中する。


 僕は片手で持っていた刀を両手に持ち変え、脇構えの形になる。にすり足で詰め寄る。は僕の殺意に気づき、正面にとらえると、左手をすっと上げた。


 ――と、その動作を切っ掛けに、僕は詰め寄る。

 刹那、刀が当たる間合いをとらえ、一閃、僕は刀を横に薙ぎ払った。

 獲物を捕らえた感触が刀身から伝わる。


 何かが切り落とされ、地面に落ちた音がした。

 の左手首が地面に落ちていた。の手首からは血は流れていない。

 僕はいったん身を引いて体勢を立て直し、相手の出方を待つ。


「……いい太刀筋だが、甘い。今の一閃で片を付けるべきだった。凪。」

 青嵐が言った。彼は万が一に備え、いつでも応戦できるように金棒を構えている。


 ――僕もあの一閃でそれを一刀両断するつもりだった。の体に向けて刀を横に薙ぎ払ったが、手首しか捕らえていなかったようだ。

 

 はあまり動かない。手首を切れらたというのに姿勢を崩さないで、僕を見ている。凝視している。ほどなく、の口元は歪んでいた形から変わっていく。


 『……楽しそうだね、私の分身。』

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