十話 真相
「えっ! ホントに? 行ってもいいの?」
奈津は感激している様子だった。
「……ああ」
四十一になるバツイチの努は、大久保の安アパートに住んでいた。二年前に離婚した妻との間には子供が居なかった為、スムーズに協議離婚が成立した。
涼しげな青い水玉柄のワンピースが、ボストンバッグを提げたポニーテールの奈津に、よく似合っていた。努は、笑顔の奈津を歓迎すると、余計なことは訊かず酒を勧めた。酒が弱いと言う奈津に、友人から貰った梅酒を注いでやった。
「自宅はどうしたんだ?」
「売りに出したわ。殺人があった家になんか住めないもの。けど、曰く付き物件だから売れないかも」
口を尖らせた。
「これからどうするんだ」
「アパートでも借りるわ」
「……そうか。ところで」
先ず、千草のことから訊いた。
「……私に優しくしてくれたあなたが、千草との関係を続けたことが許せなかった。なんか、嘘を吐かれたみたいで悔しかった。……千草さえ居なければ、あなたを独り占めできるのにって思った。あなたが来なくなってから、毎晩のように千草の殺害方法を考えていた。千草が死ねば、あなたが心配して来てくれると思った。
二階で何をしてたのかと刑事に訊かれた時、輪ゴムを繋げたり、三つ編みをしたりと答えた。その、子供の独り遊戯こそが、殺害方法を考える時間だった。
・血が出ない殺し方をする。
・首を絞めて殺す。
・握力を強くするために、つないで三つ編みにした輪ゴムを手に巻く。
・絞めを強くするために、ぬらした紐を使う。
・千草の顔を二度と見たくないから、庭に埋める。
・大雨の日に実行する。土が柔らかいから簡単に穴が掘れる。
・お兄ちゃんが来てくれたら、ウソ泣きする。
そういう類いのことを箇条書きにして、チャンスを待っていた。そして、好機は到来した。あの大雨の日は、「千草」の定休日だったから客は居ない。あなたに会えない寂しさからか、千草は夕方から酒をあおっていた。
そして、千草が寝付いた頃を見計らって、輪ゴムを巻き付けた手で、雨に濡らした紐を持つと、静かに階段を下りた。雨は屋根瓦を激しく叩き付けていた。これなら階段の軋む音も消される。一段、一段、下りた。その時、
ザクッ! ザクッ! スコップで土を掘る音が聞こえた。ハッと思って、開いていた襖から覗くと、土砂降りの中でスコップを動かす人のシルエットを、逆光の外灯が作っていた。アッ! 私は心の中で叫んだ。
そして、目を落とすと、仰向けになった千草が首から紐を垂らして、雨に打たれていた。見た瞬間、見開いた千草の眼の球が、外灯の明かりで光った――」
「……どうして、そのことを刑事に言わなかった」
努は、国家公務員としての義務を果たした。
「だって、私の身代わりをしてくれた人を売りたくないもの」
(身代わりか……それは、俺が奈津に抱いた気持ちと同じだった。俺達と同様に、千草を殺したいと思った人間が他にも居たと言うことか)
「ね、真犯人を知りたくないの?」
「今更いいよ。時効は五年も前に終わってるんだ」
努は
「あー、職務怠慢。お巡りさんに言いつけてやる」
酔ったのか、頬をピンクに染めた奈津が子供みたいな喋り方をした。
「バァカ。僕、刑事さん。刑事さんじゃ駄目?」
努も酔っていた。努のふざけた物言いに、吹き出した奈津がゲラゲラ笑った。
――結局、奈津と暮らすことにした。
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