中学・高校⑭ 願書 後編
「もし北海道にいる間に母親に何があったらどうする?」
乱暴な言い方になるが、僕の心の中での答えは「知るか!!」だった。
実際には呆れて物も言えない状態だったが。
もちろん母親は別に大きな持病を持っていて入院しがちだとか、近々手術の予定があるとかそういうわけじゃない。皮膚科にたまに通院しているぐらいだ。
何かがあったとして、その時はその時だろ。
しかもそいつは他人の願書を勝手にすてるような奴。
そんな奴に起こるかどうかもわからない、もしもの話のために僕の志望校は決定される。
そしてダメ押しにK氏は経済的制裁により僕を縛ってきた。
まるで踏み絵のようだ。
「お主は医学部に行きたいのであろう?ならば余の前で北大の願書を踏みにじってみせよ。どうじゃ?どうじゃ??『九大を目指します』と言え!言わぬか!下郎!」こんな感じ
なぜ志望校の選択でこんな苦しまなければならないのか
僕は確かに医者になりたいし、そのために医学部に行きたい。でも僕は誰のために医学部を目指しているのだろう?
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そういえば僕はいつのころから医学部を目指していたのか。記憶が正しければ小3の文集ですでに将来の夢の欄に「医者」と書いていた。それはなにか医者に憧れるきっかけがあった訳でもなく、医者家系だからという訳でもなく、親がずっと医者になりなさいと言っていたからで、いわば洗脳の結果にすぎない。
確かに医者は素晴らしい職業である。それは分かる。(だからこそ高校生になっても医学部志望は変わらず、勉強してきた。)そしてそのため親も僕を医者にさせたがり、その結果教育に熱が入り必死になっていたのであろうと思っていた。もちろんそれで今までの全てが納得がいくというわけではないが、多少理解できなくもない。
しかしここにきてK氏の発言は医学部への合格を応援する者の発言とは思えなかった。北大志望に理解を示すわけでもなく、九大志望への説得を試みるわけでもなく、母親の面倒をみさせるために僕の意志を強引に曲げにかかる。
穿った見方になるかもしれないが、僕は母親の面倒を押し付ける存在として育成されている様で、そのためにステータスがちゃんとした職業として医者が選択されただけのような感覚がした。RPGでジョブ選択画面にたまたま「医者」の欄があったから選んでみましたて感じ。
そう思うと馬鹿らしくなってきた。
いっそのこと大学受験なんてやめてしまおうか…
そんな考えさえよぎった。
おそらくK氏は僕が「大学受験をやめる」なんて選択はできないと踏んで先の発言をしている。そんな思い切った決断はできないと。ナメやがって。高をくくった親たちの鼻を明かすのも手かもしれない。
それも一興か…
でも
でも、やっぱり無理!無理無理無理!!
とてもじゃないが大学受験やーめた!なんてできなかった。
そうなると一番損するのは自分だ。だって今まで嫌々ながらも勉強を頑張ってきたのは他でもない自分なのだ。母親でもK氏でもない。小学校からずっと勉強してきた。それなのに最後の最後で諦めるなんて選択はできなかった。
悔しいが親たちの思惑通りとなった。
親たちに屈するのは不本意でしかたがなかったが、僕は志望校を九大にして願書を提出した。
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その後二次試験を受けた僕は九大医学部に合格した。
合格発表で飛び上がるほど喜び、これから始まる大学生活に心躍った。
無事に合格した安堵感とうれしさで満たされていったが、心の奥底でこの時の屈辱感は確実にくすぶっていた。
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