第3話 フィリンさんへの支援
朝の会。
出欠確認、顔色チェック、提出物チェック、今日のめあての共有。日直は
僕は一番前列の机の横にひざまずいている。
人兎族の1年生、フィリン=ラヴィアトさんが机の下に隠れたままだからだ。
幼稚園からの引き継ぎ資料に書かれていた通り、頭の上に何か身を隠せる物がないと落ち着けないようだった。
なんでも、人兎族の住む地域では、巨大な怪鳥が多いそうで、兄妹が二人も攫われてしまったトラウマがあるんだとか。それでも他に10人兄弟がいるらしいが、数の問題ではなく、結構シリアスな話だ。
1年生らしく、朝の会の内容は気になっているらしく、机の下からピンク色の耳だけ出して内容を聞き逃すまいとしている。後ろの席のナナルさんが「可愛い過ぎる」と、集中力をなくしている。確かに学校の机の下からピンク色のウサ耳が出てる姿は可愛い過ぎるのだが、ナナルさんは朝の会にちゃんと参加しようか。僕がチラリと見ると、ナナルさんは姿勢を正して顔を日直さんに向けた。
フィリンさんのこの癖、緊張が解ければ自然と大丈夫になるとは書かれていたけど、出来れば早く安心して欲しいものだ。体重二十キロを超える小学1年生を攫える程の大型の鳥は、この街にはいないのだから。
僕が様子を見るために机の下を覗き込むと、フサフサのピンク色の髪が揺れている。どうも、震えているらしい。
「大丈夫。教室に鳥は来ないよ」
「さっき、すぐそこ、黒い鳥を見たもん」
「あれはカラスといって、賢いけど力は弱い鳥だよ。フィリンさんを運ぶことは出来ないから安心して」
「でも……」
本人が怖いという物を無理矢理引きずり出しても仕方ないので、取りあえず寄り添うしかなさそうだ。
「日直さんのスピーチが始まるよ」
フィリンさんは机の下から上を覗いて、日直さんを見ようとしている。
日直のセシリアさんは、自分の好きな食べ物についてスピーチを始める。なかなか饒舌なものだ。交流級でも、ためらいなく日本語でクラスメイトと話しているらしい。賢い子なんだろうな。
ただ、目の前にニョキッと長いウサ耳があり、小さくてまん丸な上目づかいの1年生が机に隠れているのがツボにはまってしまったらしく、途中からは笑ってしまって、最後はグダグダになってしまった。
なるほど、こういう支障もあるのか。
フィリンさんには、一刻も早く安心して椅子に座れるようになってもらおう。
多文化教室としての1年の目標を決めて、1時間目は終わり。
クラス目標は、「自分から話しかける」に決まる。
日本語に不安がある子も、友達と話す中で自然と発音やイントネーションが身に付いていくものらしい。素敵な学級目標だ。
2時間目になり、皆はそれぞれの交流級に向かう。リリー先生はリザード族のアニヌスさんを交流級まで送る。小さくてちょろちょろ動く新入生は、リザード族の本能を刺激しやすいらしく、5月くらいまではつきっきりでないと安心出来ないらしい。
僕は、1年生のフィリンさんと3組に向かう。途中まで一緒になる人狼族のサナさんも着いてきて、三人手をつないで歩いていく。
「阿須先生! 好きな食べ物ある? ちなみに、サナはね、肉!」
うんうん。サナさん人狼族だもんね。
「僕はねぇ、納得が好き」
「「うぇぇぇぇ」」
サナさんとフィリンさんが声を揃えて拒否反応を示す。給食でも出るのに、大丈夫かな。まぁ、今から気にしても仕方ないか。
「フィリンは……」
「阿須先生、後でねー」
サナさんが手を放して自分の交流級に向かう。互いに手を振り合って別れる。
それから、僕は腰を落として、フィリンさんの目を見る。
「フィリンさんは、何が好きなの?」
「フィリンはね、芽キャベツ!」
「へぇー! 柔らかくて美味しいよね!」
「うん! やらかいの、好き」
ニパッと満面の笑み。一度会話が途切れた後で、もう一度聞いてあげたのが良かったのかな。とにかく、一気にご機嫌になった。
ニンジンではないんだね。覚えておこう。
2時間目は交流級でのクラス目標作り。
皆、自分の話を聞いて欲しくて、ジリジリしながら手を挙げている。これがいつの間にか、人前で発表することが罰ゲーム扱いされるくらい、手を挙げなくなるんだよな。
このクラス目標、低学年だと、本当は先生が始めから決めていて、みんなの意見で作ったことになるようコントロールしてるらしいけど。
フィリンさんは相変わらず机の下。やっぱり、皆の様子は気になっているみたいで、ピンクのウサ耳が机の前方からニョキッと出ている。
僕は取りあえず、傍にいるだけ。少しでも親近感を持ってもらい、学校が安心できる場所になるよう心掛ける。
本当は外で一緒に遊んだり出来るといいんだけど、学校が始まったばかりでは中休みや昼休みがない。せめて僕を仲立ちに、友達が出来ればいいんだけど。
3時間目は学校探検。
これはチャンスだ。
「ねぇ、新しい先生! 僕も空手やってるよ!」
元気な男の子。
「へぇ! 一緒だね!」
「俺の行ってる道場知ってる?」
「知らなーい。教えて」
「カワシマ道場って言うんだよ」
「じゃあ、強いの?」
「うん」
僕の手をギュッと握って離さないフィリンさんに、声をかける。
「強いんだって。守ってもらえるかもよ」
フィリンさんは恥ずかしそうに、僕にしがみついてくる。
「フィリンちゃん? 俺、守ってやるよ!」
その言葉に、周りの子達も反応する。
俺も。私も。
多分、皆、フィリンさんが机の下から出て来ないことを気にしてたんだろう。
気付けば、フィリンさんの周りに沢山のお友達が集まっている。
先導していたクラス担任の先生も、チラッとこちらを見て微笑む。
フィリンさんは赤ちゃんの時から日本に暮らしているから、言葉の問題は少ないはずだ。きっと、すぐに皆に馴染めるだろう。
クラス担任の先生の計らいで、学校探検の最後は運動場になった。
フィリンさんはカラスもトンビも気にせず、お友達と駆け回っている。それにしても、結構足が速いな。さすが人兎族だ。
「僕も鬼ごっこに入れてー!」
子ども達に混ざって走り出す。さすがにまだ、フィリンさんには負けないぞ! 僕は運動不足なのに猛ダッシュ。明日は筋肉痛だな。
なんにせよ、今日は快晴。見事な学校探検日和だ。
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