歴史記録

 兵士の記録の終焉とは、このようなものであったとされている。

多国籍陸軍大将、メグミ・トーゴーが国連に反旗を翻した。ただそれだけの事実で言えば無謀であるということだけが明白なこの行為は、事前の準備のために規模が拡大し、いわゆる『人類』がより巨大な連合軍を組んで、彼女たちの動きを押し潰そうと試みた。

 その際の兵力差は、メグミ・トーゴー率いる叛乱軍を一とした場合、鎮圧軍の規模が三となる壮絶なものであった。

 しかし、彼女は怯まなかった。

 後にメグミ・トーゴーはこの戦闘で伝説的な戦闘を遂行し、地球上に起こる巨大勢力の礎を築いた末に、謎に満ちた怪死を遂げることとなるのだが……当時の副官であるアリア・クーベルタンはこう語った。

「あの時、我々は確かに劣勢でした。航空戦力と海上戦力は敵側が圧倒的でありましたし、陸上戦力の規模においても我々は劣勢でありました。陸は海と空に比べればマシというだけの、程度問題」

 しかし。彼女は言う。

「それでも、勝利したのは我々だったのです。犠牲は多かった。我が軍の陣形はほぼ壊滅寸前になりました。あと一時間でも戦闘が長引けば、我々は間違いなく『包囲殲滅』されたでしょう。しかし我が軍は耐え切ったのです」

 その時に取った……後に『血の河の戦い』ブラッディリバーと呼称される一連の戦闘における叛乱軍は、トレフォイル隊形をとって防衛陣地を固めていたという。

「あの局面で……叛乱軍という、後詰の一切期待できない状態で敢えて、防衛戦を行うという判断を取ったことこそが、あの将軍の。大元帥メグミ・トーゴーの非凡さの証明でありました」

「その時、メグミ・トーゴーは前進の意志を一切示さなかったのですか?」

「この地点を『防衛』することこそが、我々兵士の前進であると彼女は宣言しました。私個人に、ではありません。兵士たちにそのように告げたのです」

 彼女……今や大元帥という、元帥よりも上位に存在し、その座が空席となることで彼女の偉大さを語り継ぐという暗黙の了解が成立するほどに神格化されているメグミ・トーゴーは、この『血の河の戦い』ブラッディリバーを目前としていたあの日、兵士たちに向かって演説を行ったのだ。その時に口に出された単語こそが『血の河』ブラッディリバーであり、この会戦の名称が『血の河の戦い』ブラッディリバーとなっているのも、そもそもを言えば彼女が戦闘前に行った演説のその中身から引用されているのである。

 その当時の演説が、今も残っている。兵士のうちの一人が、この演説は歴史に残るものとなると確信し、撮ったと言われるその映像は、撮影者であった彼女の思惑通り、歴史に残る名演説の一つとして数えられるようになったのだ。

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