No.7-20

 こうして。私、フラン・モンタギューの二重生活は始まった。

彼女が家にいる間、私は料理を作り、彼女の話し相手になり、一緒に映画をみたり……或いは、くだらない遊びに興じたりもした。

彼女は童心にかえっていくようで、毎日を笑って過ごしている。けれど、時に何か『非情に醒めきったような目』で私の方をみることがある。私はそれを知りながら、彼女の前では努めて、その笑顔を保てるように行動をした。それが外からみてあまりに哀れで愚かしくみえようとも、彼女の前ではそのように振る舞い続けた。

彼女の居ない間……彼女は大抵、夕方頃に家を出て、朝に帰ってくる。その間に、兵士フラン・モンタギューの任務は遂行される。とは言え、これにしたっていつもそうであるというわけではない。少ない時には月に一回。多い時には週に三回、私が参加する任務がある。その内容も大抵は暗殺や建造物破壊などであり、こうした一連の破壊活動の事案がこのような頻度で発生すること自体が一種驚嘆に値すると私は考えている。

ただ普通に生活を営んでいれば気付かないであろう。しかし、ニュースをみていれば、誰が何某を殺した。何処其処の大きな施設で火事が起きた。爆発事件だ。犯人は未だ不明……そのような事件が、一日一回以上報道されている。そして、私の遂行した任務も時たま(犯人の詳細は不明とされつつも)TVニュースで流れてくる。しかし逆を言えば、日々の事件のうち、私が確実に関わったと確信できるものは十二分の一といったところであった。

そのように考えてみれば、明確な事実が一つ私の脳裏に浮かび上がる。つまり、世間は私が想像していたよりもずっと野蛮な側面を抱えていて、それを巧妙に見えないよう隠し続けているのだ、という事実である。そして、これと全く同じ性質の話を、例の陸軍大将から聞かされたということも、私は同時に思い出さざるを得ない。

だが、それでも私の生活は。その中心にあるのは彼女、ジェーン・ドゥとのふれあいであり、それは兵士フラン・モンタギューが任務に従事し、どこかの何某をプラスチック爆弾で爆殺してやろうと画策している段にいても変わることがない。

私はここで、矛盾した思考を常に抱えることになる。兵士フラン・モンタギューは人間フラン・モンタギューの生活をおもい、人間フラン・モンタギューは兵士フラン・モンタギューをおもうという、二重の思考。それは両方の生活が互いに片割れの生活を追い求め、しかしこの生活が完全に一つの線となることのない平行線にあり、私はその決して交わらない二つの線を同時に内包している。

ある時。

私は、陸軍大将メグミ・トーゴーと二度目の会談に臨んだ。場所は以前と同じチャイニーズレストランで、私がその行為に関する機密性の問題を提起したところ、相手は笑いながらこう言葉を返した。

「君はいくらかの時間を経て、また兵士としての自己を取り戻したのだな」

 私は答えた。

「かつての兵士フラン・モンタギューは一人でした。戦友は居ます。戦場もありました。過去の友人もいました。けれども、一人でした。それは、兵士フラン・モンタギューしかいなかった、ということです。今の私は人間フラン・モンタギューと兵士フラン・モンタギューの、二つの人格が混在していて、片方が出る時にはもう片方が奥で眠りにつくような……そんな環境の中に、自分が居るんです。そして今、あなたの前に居るのは」

「兵士、フラン・モンタギューかね?」

「そうです。だから私は、この店を繰り返し同じ用途で用いることの危険性を口にします。ですが、同時に……今は外で仕事をしている彼女とともに、ここで点心を食べようか、などというような算段を立てているのです」

 私が、そうした事実を吐露した末に、相手は意外なことを言い始める。

「それは、君の強みだよ」

「何故、そう仰られるんですか?」

「かつて戦場を駆け巡った兵士たち。銃弾の嵐の中を走っていったかの兵士たち。彼等は戦場で、あれだけ強く戦い続けてきたのに、この世界に身を置くと、何も出来ない人間になってしまう。彼等の身体は逞しく、必要もないのに美形で、銃の分解・清掃を瞬時に終えることができるというのに、彼等はまるで水を与えられない植物のように枯れて、朽ちていってしまう」

 そこまで言って、トーゴーは料理を一つつまみ上げ、食べ……それを飲み込んだ後に、言葉を繋げた。

「では彼等にとって水とは何なのか。戦い、なのか? その答えは是とされることが多い。しかし、彼等に戦いという水を与えたとしても、彼等は萎れ、枯れ果てていく。何故だと思う?」

「……分かりません」

「彼等に必要なのは水だ。戦闘において流される血のみが彼等の渇きを癒す。しかし、どのようにすればその水を……戦争によって流される血を受け、飲むことができるのか……これは彼等が、この世界領域に根を持たなければいけないのだ」

「根、ですか?」

「そう……根だ。これがなければ彼等は、どれだけ水を与えても枯れ死んでしまう。ここでいう根とは、生活の実態だ。何かのために生きている。戦場とは違うこの世界に、自分が確かにここにいる、という証が必要になる」

「では、あなたは統括者。指導者。指揮官として、そうした兵士の問題に、どのように対処をなさるのですか」

「君からすれば笑えるお話になるんだろうが、趣味を教えてやる。何か面白い、と思わせることを見つけさせる。自身の存在意義を考えようとするようなナンセンスな一つの魂には何も書かれていないノートをくれてやる。日記を書け、お前の足跡をそこに記せ。報告書だと思ってやればいい。そう、言ってやる」

 意外と効果があるんだ、と相手は言う。

「日記を書くことで精神の安定が保てるようになった奴を、私は何人も知っている。それだけじゃない。映画を趣味に置く人間もいたし、カートゥーンを集めるという奴も居た。そうした生活の実態……仮にそれが虚構であったとしても、何かを積み重ねているという感覚こそが、彼等を狂気から救うのだ」

「戦場にいれば何も問題のない彼等が何故、この世界に身を置くと、そのようなものを求めるようになるのでしょうか?」

「戦場しか知らない、というのも一種統一された世界観でね。そこにいれば、それだけを考えることができるし、日々の戦闘の成果と積み重ねは勲章と、生き残った戦友が目の前に居るという事実がそれを証明してくれる。しかしこの世界は、そうではない」

 だから。少女は言う。何かを思い出すように、あの遠大な目標をじっと睨むような、独特な表情でもって。

「必要性とは、万物の創造の母なのだろう。そのために私は、彼等のために創造的であることを強いられた。しかし、これは私の務めなのだろうとも思う。それを、しっかりを遂行しきった兵士を私は一人、知っている」

「その兵士は、今はどうしているんです?」

「……死んだよ。非人道的な手段によって、戦場ではない場所で、殺された」

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