No.7-18
その『男』が、頼んだ覚えのない配達ピザ屋の訪問を受けたのは、夜八時二十三分のことであった。ピザ屋の配達員は、このままではピザが冷めてしまうと話をする。
そのため、男はインターフォン越しにこう説明をした。
「俺はいつも同じピザしか頼まないんだ。お前の持ってきたピザはどんなだ?」
「はあ。パインとベーコンがのった、一見不可思議なものです。加えて……えぇ、アンチョビがのってます。面白いですね?」
それを聞いて男は確信した。これは俺が頼んだピザだ。そんな趣味の悪いピザを食う人間は俺ぐらいしかいない。
「疑って済まなかった。入ってくれ」
そう言って男は扉を開く。そこに居た配達員の『女』が、玄関まで入り込む。
男は笑った。
「おいおいおいおい。そっちのデリバリーを頼んだ覚えはねえぜ。もっとも、ピザも頼んだ覚えも本当はないんだけどなあ……」
男がそこまで言ったところで、鍵がしめられた時に鳴る金属質なその音が、何らかの審判がくだされたかのように重くひびいた。
女は言った。
「静かに。そしてご機嫌よう、兵長クン。戦場が恋しくはないか? デリバリーに来たんだ。しかも無料だ」
女はそう告げて、ピザが入っているはずの箱の中から取り出した消音器付き拳銃を男に向けている。
「ターゲットが自らお出ましとは。景気のいいことだな?」
「お前の虚栄心、相変わらずだな。私はお前に言われたことを覚えているよ。お前はどうだ、兵長クン。ええ?」
「俺は自己認識を変えるつもりは全くない」
男はそう宣言し、構えを作る。
「俺だって現役の兵士だ。テメエだって――」
そこで、男の言葉は止まった。というより……失われた。
首元の声帯をナイフで切りつけられ、男は地に伏した。
「誰がお前の『戦士の矜持』に付き合うと思ったのか。アクション映画の見過ぎだよ、お前」
女はそれ以降何も言わず、料理で魚を捌くきやすさでもって、男を処理した。
そうして一つ目の行動を終えた私は、連絡用にと手元に来ていた電話機を使って、トーゴーに連絡を取る。電話を入れて数コール待った後に、相手は電話に出た。
「終わりましたよ、全部」
相手は手元で何か書類をいじっているようで、たまに紙同士が擦れるような音がした。
「良い仕事だ。君の手際の良さも、やりたいことも理解した」
「やはり、試験だったわけですか」
「君がそう捉えていることが、行動観察から理解できた。だから私は、君が望むその方向を汲んで解釈し、出てきた答えがそれだ」
「では、これはたんに私の復讐戦であると。そう捉えても良かったのだと仰有りたいのですか?」
「物事は得てして複合的なものであることが多い。重なり合う複数の要素のうち、どれを重視するかというのが作戦であり、故に最重要目標と副次目標とが設定され、それらを遂行せよと命ぜられるのだ」
勘違いするなよ。相手はそう言って、話を続ける。
「私と君は、作戦行動を共に遂行するにあたり同志であり続ける。しかし、戦場での立場は指揮官と兵士のそれだ。君はもしかすれば、私という一軍人を理解しようと努力してくれているかもしれない。だが、それは領分を犯す行為であろう……それを積極的に責めるつもりもないが、線引きはせねばならん」
「では、如何ようにもお役立て下さい」
一瞬の間の後に、相手は言った。
「では敢えて、同志としてこれを聞こう。同志、フラン・モンタギュー。君は一体、何なんだ。私は君を兵士と呼び、そして一人間と考えた。では君にとって、君自身とは一体なんだ」
少しの間の思案の後に、私は答えた。
「私は……一つの拳銃です。安全装置があり、誰かがそれを外し、引き金を引かない限り、私はただの鉄塊に過ぎません。弾丸を放つのも、その弾丸で人の身体を貫くのも、私です。ですが……」
一拍置いて、私は言葉を繋げた。
「人を殺すのは、あなたの殺意です」
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