No.5-27

 ポイントPへの到着。そこからの簡易な陣地の構築にはそう時間はかからなかった……が、結局、昼間に敵は一人も来なかった。遠くからは銃声と砲声が聞こえてくる。しかし、こちらにはまだ偵察ドローン一つ飛んでこない。

敵を待つ間、私は狙撃の予行練習を兼ねて遠くの木に止まる鳥を見ていた……のだが、観測手のサリー・レーンは落ち着かない様子であっちこっちを見たり、かと思えば唐突に地団駄を踏むような有様で、私まで落ち着かない気持ちに、というよりは苛ついてきさえするので、彼女を落ち着かせるために一つ話をし始めた。

「えっと、サリー・レーンさんの階級は」

「特殊技能兵っすよ。一応ね」

「となると、何か特技が?」

「あはははは。いやね、実はそんな特別なもんじゃないんすよ。私……元は兵学校の教官だったんす」

「え、それが何故?」

「無論私も最初は兵士になる予定だったんすけど、座学の成績も悪くなかったし、私はトイ・ソルジャーの一代目で、教えられる奴も多くなかった。だから教える側になったんすけど……まぁ教官も五年ぐらいやると、いい加減体力に劣るし、新しいことを覚えられもしないし、言ってしまえば教官にも枠があって、そこから外れちゃったんす。けれども私達トイ・ソルジャーに退役はない……んで、補欠として前線送りっす」

 彼女。サリー・レーンのその経歴は実に興味深かった。たんに記録上の数字でしかない兵士にも実はその裏に様々な経緯が存在するのだ。栄養剤をばかすか打ち込まれて大人の身体にされて教育を受けて前線送り、というだけではないのである。

「正直、私のもっと上の人達の考えることも分かるんすよねぇ。歳食って前線行ったら後はさっくりぽっくり死んで欲しい。そう思ってるに違いないんすよ」

「ひどい話ですね」

「全く、全くその通り……まあ私は生きる殺すみたいなことを教え続けてきたから、いずれ自分の番が来るってことは分かってはいたし、例えばここで死んじゃうってのも手なんじゃないかって」

「……冗談じゃない」

「あ、ごめん! そっすよね。アキヤマちゃんからすりゃそうなるっすよねぇ……だから一応、他の兵士よりは知識豊富ですよってことで特殊技能兵ってことになってるんすけど、これってようはお前は下士官出来るだけのオツムじゃないよってことっすよね。分かっちゃいたんすけど」

「観測手はどれぐらいやってるんですか」

「んー……少なくとも二年ぐらい、かな。前のアリシアちゃんはアルタ平原で死んじゃったっぽいっすけど、それより前は……あぁ、やっぱ覚えてない。三年ってのは、体感で、多分そんなもんだっていうだけっす」

 そこで一度会話が途切れ、二人の間に沈黙が訪れた。何か話題はないかと考えているうちに、サリー・レーンの方から口を開いた。

「アキヤマちゃんが知ってるかは分かんないんすけど、娑婆の普通の人間たちは見た目の綺麗な魚を飼うことがあるらしいんすよ。で、その水槽で肉食魚を飼う時、生き餌としてちっちゃい魚を入れることがあるんすよ。でもこれが結構、たまに生き残っちゃうらしいんすよねぇ」

「その魚、どうするんですか?」

「いやぁもう放っちゃうんじゃないっすかね。わざわざ取り出して殺すにも面倒だし、いずれ食われて死ぬことに変わりはないっすからね……でもなんか、私って、その生き残った魚みたいだなって、たまに思うんすよ。アキヤマちゃんは、どう思う?」

 私はそれに言葉を返すことが出来なかった。

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