No.5-26

 軍隊における狙撃手はその場面や編成にもよるが、基本的には観測手と狙撃手の二人が行動を共にする。本来であれば狙撃手と観測手はそれぞれお互いのことを認識し、理解をしていなければならない……が、私という個人がイレギュラーな存在であったために、観測手である彼女……サリー・レーンとは面識がある、という程度の繋がりしか持っていなかった。彼女は私と同じく背丈の小さい人物で、髪色は黒く、如何にも戦場風な毛先のきり揃わないショートボブだった。

今回のポイントPは小高い丘の林の中にある。Yの時に道が別れているところの丁度真ん中のところである。このY字路は東に行けば第二十七歩兵連隊の横に、西に行けば後続部隊にアクセスすることが出来る地点である。

この地点はエダ軍曹が複数の防衛箇所の中から少ない人員での防衛を行うために選び出した防衛地点で、エダ軍曹の命によって『ほんの数日前に』防衛準備が整えられたのである。

ポイントPの防衛準備は物量こそ控えめだが、周到に用意がなされている。ブービートラップを含んだ地雷に加えて、兵士が居たように見せかけるための空の弾倉や、光が差した時に反射する鏡やガラスや盛り土、偽の塹壕や単純な (しかし殺傷能力を持った) 落とし穴。

「本当ならうんざりする程の地雷を埋めてやりたいところなんだがね」

 陣地構築の報告を受けた際に、エダ軍曹はそう言った。

私は知っている。彼女達第二十七歩兵連隊には本当は潤沢な物資が与えられなければいけない。損耗された兵の補充も急がれなければならない。そして『少なくとも私は』そう命じておいたはずなのである。しかし、現に物資はない。

銃弾はある。しかし地雷はない。機動戦闘車のタイヤストックがない。人が居ない。注射針は最低限度しか存在しない。

実に細やかに、不自然でないように、けれども不自然に物資が欠乏している。本当にこれが多国籍軍なのか。

けれども彼女達は……否。私達は戦わなければならない。目の前に敵が迫ってきている以上、戦わないのは義務の放棄である。

陣地につくと、観測手のサリー・レーンは言った。

「死ぬか逃げるかまで、狭い陣地の中っすけど、仲良くやるっすよ」

 彼女は独特な喋り方をする。敬語のようでいて、敬語を若干崩して無礼の域に入るような、そんな喋り方だ。

「細心の注意は払うっすけど、私達が敵に見つかったらお終いっすよ。狙撃手は嫌われ者っすから、捕まったらこの世で味わうことの出来る最大限の苦痛を得た後に死ぬのは目に見えてるっす」

「捕虜条約があるじゃないですか」

「そんなもの……まあ、ね。普通の連中ならまだ何とかなるっすけど、私達は駄目っす。狙撃手っていうのはそんなもんっすよ……狙撃対象は場面に応じて変わるっす。大まかな位置は、えっと」

「アキヤマです」

「そう。アキヤマちゃんの肩を叩いて知らせるっす。右の時は右肩。左の時は左肩。目標の特徴は無線で知らせるっすけど、私からの反応が三分以上途絶えるようなら」

「ようなら?」

「きっと私は死んでるっす。逃げる算段を立てながら自分で目標を立ててね」

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