No.5-9

 第二次世界大戦時、ナチス・ドイツが生み出した二種類の象徴的な兵器が存在する。

一つは『V1飛行爆弾』。パルスジェットエンジンを積んだ無人航空兵器である。

もう一つは『V2ミサイル』。液体燃料ロケットである。

この二つはそれぞれ巡航ミサイル、弾道ミサイルの始祖として戦争史に名を残した。V1は最大飛行速度が時速で約六百kmであり、これは当時の有人戦闘機の最高速度とほぼ変わらない。

それに対しV2は綺麗な弧を描き、宇宙空間に到達した初の人工物体となり、音の速度を越えて落下する。

前者は戦闘機による撃墜が可能であったのに対して、後者は不可能であった。

この二つの兵器はブリテン島に向けて発射されたわけであるが、より対費用効果に優れ、英国により大きな負担をかけたのは……前者、つまりV1であった。

これには理由がある。V1は戦闘機による迎撃が可能であるために、イギリス空軍はこれに対処するために戦闘機を発進させなければならず、その上この兵器は一つ辺りの値段が安価であった。

それに対しV2は兵器としての完成度こそ高いものの、一つ辺りが高価であり、また当時の技術では迎撃不可能であったためにイギリス空軍は迎撃に出ることをしなかった。

故に、戦後イギリス空軍はV2よりもV1の方が、対費用効果に優れた効率的な兵器であるという評価を下したのである。

さて、話は現在に戻る。アルファ作戦における作戦第一段階において、多国籍陸軍少将メグミ・トーゴーは攻勢のために旧式の巡航ミサイルを用意した。

核兵器の搭載も可能である弾道ミサイルの管轄は戦略原潜を有する第二戦闘団であり、彼女はこれを用いることが出来なかったわけであるが、彼女はそもそも、そういった『政治的な兵器』を利用しようとはしなかった。

彼女が用意したのは、マッハ2程度の速度で飛行する巡航ミサイルである。旧式であるこの巡航ミサイルは最大飛行速度マッハ4のものであったが、その速度をあえて落とした。また、いくつかの改造が施されている。

第一に、本来搭載されるはずであった爆弾を搭載していない。これは政治的配慮というよりは、次の改造のために行われたものである。

第二。この巡航ミサイルは赤外線レーダーを照射する機能が搭載されている。

第三。敵レーダーに『通常よりも大きなものとして映るように』装備を付随している。

この巡航ミサイルが敵地に飛来すると、敵のレーダー網には『最大速度で真っ直ぐに敵地に向かって侵攻する航空機』のように見えるのである。

敵軍はこの巡航ミサイルの迎撃のために出撃する。せざるを得ない。それを確認した後、巡航ミサイル内部に設けられたレーダーが敵迎撃機に向かって照射される。これは敵迎撃機からは『敵戦闘機からのレーダー照射』として誤認される。

同様の巡航ミサイルが複数発発射されると共に、第一戦闘団に所属する"たった四機の"戦闘機のうちの二機が出撃する。この四機はファーストルック・ファーストキル(先んじて敵を補足し、先んじて敵機を撃墜する)というコンセプトを究極の形にまで極めたステルス戦闘機である。

巡航ミサイルが敵戦闘機による迎撃を受けた時点で、敵戦闘機の発進は確認されている。これら二機の戦闘機に満載された長距離誘導ミサイルが敵機に向けて発射される。作戦第一段階においてこれが複数回に分けて実行される。

この行動の最大目標は『敵空軍の撹乱』であり、撃墜は副次的効果に過ぎない。アルファ地点における攻勢の前段階となる『限定的制空権の獲得』のために、メグミ・トーゴーは巡航ミサイルの性能を攻勢のためにあえて攻撃能力を落とし、運用した。これはつまり、V2ではなくV1の有していた能力を発揮させるためであった。

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