No.5-3

 翌日、改めて士官達が集められた。

最高司令部中央作戦室内の物の配置は一変し、コピー機が三台。コンピュータが一台。今までの重々しいあの鉄製の長机は廃され、小さな机のついた椅子がホワイトボードを囲むような形で置かれている。

「まるでハイスクールだな」

 一人の士官がそう言った。少女、メグミ・トーゴーは答える。

「そうとも。私は今から諸君らに講義をするのであるから、ハイスクールと同じ形になるのは当然だ」

「ふん。そうかね」

 得意満面といった様子で、少女は答える。

「そうだとも」

 やがて士官達全員が椅子につくと、副官である女性が資料となる書類を全員に配った。

それのタイトルはこうである。

『過去の戦闘における既存士官らの致命的な失敗に関する洞察』

 少女は言った。

「諸兄らが此度の戦争において立案実行した戦闘の多くは失敗或いはそれに近しいものであるということをご理解頂くために、このような資料を用意した」

 資料には、今戦争における主要な作戦とそれに対する評価が記されている。

第一:キャロル峠の戦い。戦闘評価☆☆。

第二:エラト平原包囲戦。戦闘評価☆。

第三:グレイ・ビーチ上陸作戦。戦闘評価☆。

第四:アルタ平原降下作戦。戦闘評価☆。

……以下、省略。

戦闘評価の最大値は☆五つであるが、殆どの作戦は☆二つ以下と記述がなされている。

「今戦争には特筆すべき特徴が存在する。それはつまり、互いの国が人工的に作られた兵士を使用しているということにある。かつては限定的な戦闘、或いは傭兵的な運用の元、偶然人工兵士……ここからは、アクターと呼称する。アクター対アクターの戦闘が発生したが、本格的な戦闘でこの構図が生じたのはこの戦争が初めてである」

 士官たちの反応は様々である。顔を真赤にするもの。怒りを込めて少女を睨みつけるもの。腕を組んで考え込むもの。頬杖をつきながらじっと少女を見つめるもの……。

少女はそれら一切を意に介さず、銅像かなにかに向かって喋りかけるような調子で言葉を繋げていった。

「第一。キャロル峠の戦い……これは互いの国が対アクター戦における有効な戦闘方法を模索しながらのものであり、その点においては同情の余地が存在する……もっとも、同情なる感情が戦争においてどれだけ有効であるかと問われれば、それは微妙なところでありましょう」

 そう言って少女はくす、と笑う。笑っているのは少女のみである。

「結果として多国籍陸軍と敵軍は戦車戦を展開することになったわけだが、随伴歩兵の運用があまりに杜撰だ。歩兵は消耗品であるが同時に我々の得難い資産であるという認識が欠如しているとしか思えん。とくに、工兵隊の壊滅はアクターの戦闘能力、再生能力を過剰に見積もった結果生じたものであろう」

 次に、と少女は言う。

「第二。エラト平原包囲戦。これは戦略上の要衝たるエラト平原確保のために複数回行われた陸戦である。第一次エラト平原から第四次エラト平原まで、大量の物量投下、犠牲の末にこの土地を確保している」

 少女は言った。

「これは全くの無駄である。陸海空の連携が取れていれば一度で。仮に準備や経路構築に手間取ったとしても第二次の時点で終結するべき戦闘であった。第一次は制空権確保の不徹底。第二次は海兵隊の全滅。第三次に至っては全くの無策で戦闘に及んでいる。『大変頭のよろしいはずであろう諸兄らが"何故"このような戦闘に至った』のか、私には到底見当もつかない」

 この時点で、一人の士官がその場を立ち、部屋から去った。士官たちはその後ろ姿を目で追いかけるが、少女はそれに構うことなく淡々と言葉を紡ぐ。

「第三。グレイ・ビーチ上陸作戦。これは端的に言ってしまえば反軍行為である。強襲揚陸艦に戦車、海兵隊空軍、多国籍空軍、ありとあらゆる資材を投下した末に、これだけの夥しい損害を出した……勿論、上陸部隊の損害はある程度計算の内に入っているであろうが、問題は強襲揚陸艦と戦車がマトモな戦闘一つせずに海底に沈んだことにある。多国籍軍特有の連携不足などという言い訳を私は認めない。それは既に第二次世界大戦時にアイゼンハワーがやってのけている。諸君らは第二次世界大戦後に生まれた人間であろうが、何故このように連携を取るのが下手なのか」

 一人の士官が、それこそまるでハイスクールのようにおずおずと手を挙げる。

「意見を許そう」

「複数の国家で連携して、先進国家としての国力を持つ国家との戦闘が発生したのは、それこそ第二次世界大戦以降初めてと言ってよいものです。それまでに発生してきた戦闘と言えば、概ね限定戦争や、或いは非対称戦でありましょう。その年月のギャップを考慮に入れるべきではないでしょうか?」

 少女は一瞬、虚を突かれたような感じで士官の顔を見た。ここに来てから少女が初めて見せる表情である。

「……成程、貴君の意見は拝聴に値する。しかし、我々はこのような戦闘の発生を見越して、独自に国連のみが持つ兵力を構築していた。そこに我々、アクターが初めて兵士として組み込まれた。勿論、全体の規模としては半数程度であるが……」

 一拍置いて、メグミ・トーゴーは宣言する。

「私であれば、国連直軍のみで作戦を遂行したであろうな」

 質問をした士官は引き下がる。少女は続ける。

「第四。アルタ平原降下作戦。グレイ・ビーチ上陸作戦における戦線の停滞打破、誘導のために行われたこの作戦は大いに失敗した。歴史上の事例で言えばマーケット・ガーデン作戦が近いであろう。これも多国籍空軍同士の連携不足が根本的な原因である……」

 そうして、少女は今戦争における作戦の失敗を逐一指摘した後に、こう言った。

「ここから、この戦争の指揮権は私に移る。従う気のないものは去ってくれて構わない」

 そうして残った士官はたったの三人であった。しかし、少女はそれを見て満足げに一言、こう言い放った。

「これで十分だ!」

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