No.5-2
その時、最高司令部中央作戦室内では怒号が飛び交っていた。
「――!?」
「ーー、ーーー!?」
「ーー!? 」
「ーーー!? ーーー!!」
狭苦しい部屋の中に十人ほどの男性士官が詰めつばを飛ばし、口角に泡を浮かべながら彼等は罵り合う。部屋の中央に据え置かれている長机が揺れない場面はなく、時には護衛が自らの銃に手を添えるような場面さえあった。
そのような、嵐吹き荒れる海の如き様相を示す空間に、二人の女性は割り込む。
部屋の扉をわざとらしく、大きな音をたてて開き、少女……メグミ・トーゴーは男性士官たちを睥睨する。男たちはつい先程まで怒号を飛ばし合っていたというのに、今は黙ってその不思議な闖入者の方を呆けた顔で見つめていた。
静まり返った中央作戦室内で、二人の軍靴の音だけが鳴り響く。
少女に対し、一人の士官は言った。
「お嬢ちゃん、何か入る場所を間違えたんじゃないか。職員に渡さなければならないものがあるとか、そういうような……」
男たちは苦笑し、少女は答えない。
また、別の士官は言った。
「その階級章は何処で手に入れたんだ?」
同様に男たちは苦笑する。そして、少女は答えなかった。
やがて少女はこの狭苦しい一室の一番奥に据え置かれたホワイトボードの前に立ち、こう言い放った。
「多国籍陸軍元帥からの命である。ご清聴願いたい」
少女が言うと、その場に居る士官の男が叫んだ。
「貴様! 軍をなんだと思っている! ここは真剣な大人の空間だぞ!?」
男のその言葉を聞いて、少女は不敵に笑みを浮かべる。
「落ち着き給えよ。『准将』閣下?」
そう返され、男は少女の身につけている階級章を見る。軍隊においては縦の地位付けは絶対である。大いに不服である、というような様子を隠さないまま、男は沈黙した。
少女は言った。
「これより、この司令部の最上指揮権はこの私、多国籍陸軍少将メグミ・トーゴーへと移管される」
その文言を聞いて、男たちは少女を睨んだ。
少女はその、場の空気を楽しむかのように、言葉を繋げていく。
「繰り返す。これは多国籍陸軍元帥の命によって出された明確な命令である。相談の余地は存在しないということを諸君らにはご理解願いたい」
「無礼な。一切の事前通知もなしにそれか。通常であればありえないことだ」
その言葉を聞いて、少女は微笑した。
「閣下、現在は平時ではなく戦時であります」
また別の男が叫ぶ。
「このような重大な事案を何の相談もなしに実行しようとは……お前達は何をしようとしているんだ」
少女は答えた。
「全くお答え出来かねます。元帥閣下のご下命とその内容は完全な軍事機密であり、仮に貴方が私よりも上位の階級を有していたとしても、それを語ることは許されていない……しいて言うならば、そう。私は戦争をしにきた。それ以上でも、それ以下でもない」
また別の男は冷静に、言葉を投げかける。
「『少将』閣下。これは軍の階級における指揮権序列の問題が存在するのではないか?」
少女は沈着に、淡々と言葉を返す。
「元帥命令は現在の我軍のあらゆる命令系統の上位に存在します」
別の男は叫び散らす。
「小娘如きが元帥の名を借りて勝手なことを……」
少女は答えた。嘲笑するかのように。
「小官はただ命令を実行しているにすぎません」
男たちは黙り込んだ。少女とその傍らの女性は彼等を見下ろしている。その中で、もっとも下座に位置する眼鏡をかけた男はおずおずと手を挙げ、質問する。
「あのう。先日要請致しました援軍についてはいつ到着となるのでしょうか」
少女は満面の笑みでもって答える。
「援軍! そうだな、援軍はもう出たよ」
「それはいつ到着するのですか?」
「そうじゃないんだ。そうじゃない……」
眼鏡の男は少女を見つめている。少女は言った。
「援軍とはつまり、私のことだ!」
士官の男のうちの誰かがペンを落とす音がした。或る士官は嘆息し、少女はそれら一切を意に介さなかった。
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