No.4-12

「おい、イレーヌ……おい!」

 私が現実へと帰還したのは、あの薄ら笑いの男が私の名前を呼んだ瞬間であった。

「……ごめん。ちょっとしんどかった」

「はぁ? まぁいい。一回目は終わりだ。ご苦労さん。処置と経過は下働きの連中が報告するだろう」

「何。終わった? 終わったというのは、一体何が?」

「かぁ……寝ぼけてんじゃねーぞテメー。それともなんだね。俺を馬鹿にしてるのか。そりゃねえよ……一回目の実験だよ。衝撃実験。骨を折って、その回復経過について過去の事例と参照しながら差異を見つけ出す。分かってやってたんだろう。あれだけ具体的に指示まで出してたのに、忘れるなんてこたぁないだろうがよ」

 薄ら笑いの男は、妙なことを言っている。私はその第一声でもって、心臓を外して打撃を加えろと言った。しかし、彼の言いぶりから察するに、どうやら私はそれ以上の指示を出し、彼が想像する以上の仕事をやりきったらしい。

「エダは?」

「……は?」

 男の怪訝な顔を見て、私は初めて自分の言い回しに問題があるということに気がついた。

「……すまない。被験体は何処に?」

 男は一瞬だけ考えるような素振りを見せた後、言葉を返した。

「……そのへんの下っ端に聞け。特別被験体は今何処に居る、と聞けば答えてくれる。お前の顔は全員が把握している。この実験の責任者になるわけだからな」

「……ありがとう」

 私がそう返すと、男は少しだけ、例の薄ら笑いの後に、こう言った。

「しひひ、当たり前のことを教えてやっただけのことだよ……それよりもイレーヌ、お前はもう実験責任者だ。センチメンタルな感傷を持っていても、良いことはないんだぜ」

「……」

「例えば、実験が終わった後。少し時間があるからと言って、近くの海辺にでもいって、夕日を眺めて、それを美しいと思う。そんな風な感情の動作は、もう何処かに捨て置かねばならんよ」

「やたら詩的な言い回しをするのね」

 男の言い様そのものが、そういった感傷に溢れているような、そんな気がしてしまったので、私はそう言いながら、思わず微笑んだ。しかし男は、如何にもつまらそうな感じで、こう言い捨てた。

「……けっ。そんなのはもう、これっきりだね。もうウンザリだ……」

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