No.4-9

 さて。そうしてとうとう実験は始められた。実験室には、既に両手を縛られ、吊るし上げられた彼女がいた。

軍装でもなければ、無論華美な装いでもない、白くて簡易な服装に身を包み、吊るされる彼女は何か、祭壇に捧げられる供物のような感じがした。

実際にこれは生贄の祭壇なのであろう。この部屋は古代文明において行われてきた人類の悪しき伝統と全く地続きの場所にある。彼女は生贄であり、その肉体を切り裂き、神への供物とせんとする祭祀は、私自身なのだ。

私は実験室を臨む部屋で、ガラス越しに彼女を見ている。その傍らにはあの薄気味悪い男が居る。男は言った。

「これは単なる虐待行為ではなく、同型の人造兵士が実際に負傷した時、どの程度まで自然回復可能かを調べるものだ。普通の人間であればまず数分内に死亡するであろう負傷に際し、それに何処まで耐え得るか」

「即死の可能性は?」

 即死。あまりに冷徹な響きを伴うこの言葉を私は平然と吐き出している。

「うーん、出来る限り避けようとはするが、可能性としては排除できないねぇ。実験体も無限じゃないからな。無駄遣いは出来ない。然るべき時に死んで貰わなければならん。実際、どうだ。即死するとしたらどのようなパターンが考えられると思う?」

「外部からの衝突の場合、例えば首を負傷した場合。頭部を負傷した場合……それ以外には例えば内臓破裂が考えられるでしょう。逆を言えば、そういった急所を外せば、即死は避けられるはずです」

 つらつらつらと言葉が出てくる。吐瀉物じみたその言葉。私の知性が吐き出す非人間的な言語の数々。

「しひひ。専門家は頼もしいねぇ」

「誰が……」

 私の心の内に怒りが生ずる。しかし男は真面目な顔でもって私を見る。

「馬鹿にしてるんじゃねえよ。実際の負傷例や死亡事例から逆算したんだろう? それはお前の……お前だけが持っている資産だ。その時点でお前は他の奴らよりも一歩進んだ場所に居るんだ。それを自覚しろ。お前は今までに例のない専門家なんだ」

 一拍置いて、彼は言葉を繋げる。

「……頼むぜ。何度も言うがこれは娯楽じゃないんだよ。お前が覚悟キメるかどうかで俺の立場も変わるんだ」

「……それは、つまり?」

「俺だって人と会話すんのが苦手だ。俺の笑い方が気味悪いってのもよく知っている。それでも、俺は俺なりにやらなきゃならん。お前にとって俺は代えの効く人間だ。代えようと思えばすぐにでも代えられる。お前は知らないかもしれんが、実態としてそうなんだ。でも俺は、お前と上手くやりたい。でなきゃ立場がないんだ」

 そう話す男の顔から、初めて私は彼の素顔を読み取った。

ただこの男は戸惑っている。目の前に生じた問題に対して有効な策が思い浮かばず、狼狽え、それでも前に進もうとしている。

「……分かりました。それなら、始めましょう。小さなものから、少しずつ」

 かくして、私の中にある研究者としての精神と、彼に対する同情心とが、私の良心を飛び越えて手を結んだのであった。

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