No.4-8

 翌日、私はいつもと何一つ変わらないといった感じで、研究室へと入る。寧ろ、努めてそうであろうとした。

私がここに至るまで、多数のやっかみや嫌がらせに遭遇した。それは私が女であるから、ではなく、人造人間であることに起因しているであろうことは想像に容易かった。

負けてなるものか。それが私の根幹にある感情だった。

ここに来るまでの苦難を思え。苦労を思え。かつて私の頭上に飛び交っていた死を思え。そうすれば、今になって前進をやめようなんて言うようなふざけた考えは頭から消え失せるはずだ。

私が入室すると、前から『嫌な笑い方』をすると感じていた、猫背の、卑屈な男が私に近付いてきた。

「どうかされましたか?」

 私がそう言うと、男はプラ板の表面を引っかいた時の音によく似た、その笑いと共に言葉を吐き出した。

「しひひ。あのな、お前と俺、組むんだとよ。次の仕事」

「……そうですか」

 私が言うと、男はにやけヅラを浮かべて、不愉快に言い放つ。

「なんだ。嫌じゃねえのかよ。ええ?」

「好き嫌いなんて、仕事に持ち込むべき概念ではないと思いますね、私は」

「しひひ。殊勝だねえ……まあ、宜しく頼むよ」

 言って、男はクリアファイルから幾枚かの紙を取り出す。

「早速だが、仕事の時間だよ。いくつかの実験案がある。なに、ネズミ殺すのと大差ないことさ……おいおい」

「なんですか」

 男は私を睨む。

「この程度で眉動かしてんじゃねえよ。仕事をやるって覚悟キメたんだろうが。半端な気持ちでやってんじゃねえぞ」

 そう言われて私は、唇を噛み締めて男を見た。そいつはまた例のにやけヅラを浮かべ、言葉を続けた。

「しひひ。それでいいんだ……本題に戻るぞ。実験案は複数。改良型天然痘の感染実験。衝突実験。耐熱実験。耐冷実験……んまァ、俺のイチオシは天然痘だな。もうシャバじゃ見かけなくなった病気だが、これにかかった生き物ってのは何処か神々しい感じがある。勿論、死ぬ寸前で止める。でなきゃ勿体無い」

 私は言った。

「……衝突実験にしましょう」

「おお、決めるのが早いね……いいのかい。まだ時間はあるが?」

「いいんです……やりましょう」

 私もこの研究所で長く働いてきた。男の言う実験が実際にどのような結果を生むのかは容易に想像出来る。想像出来るが故に、私はその決定を早めた。私の想像力が彼女を侵し殺すその前に、決めてしまいたかった。詰まる所、それが私の覚悟の程度だった。

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