No.4-7
「君は昔眼鏡をつけていただろう。こっちに来てからはやめたのか?」
彼女と二人きり。部屋にあるボロい椅子に座り込んで、私達はそのような、戦場では許されなかったような、緩やかな会話をし続ける。
「眼鏡は替えが効きますしね。コンタクトは失くしたらもうどうしようもないですから」
「成る程。戦場には戦場の、平穏には平穏の装いがあるわけだな。私は今までそんなことも知らずにいたわけだな、全く傑作だよ……なあ、イレーヌ」
「どうされましたか?」
「私はさ。殺されるのかな?」
それは核心だった。故に私は言及出来なかった。けれども彼女はあえてそれを口にした。誤魔化すわけには行かなかった。
「……イーデン。いえ、エダ。ここは、ここはですね。この世でもっとも悪趣味な空間です。この場所では古くなった兵士たちを様々な実験に使い、その結果を収集しているのです」
彼女の両目がじっと私を見ている。私は続けた。
「種類にもよりますが、苦痛を伴うものです。最終的には、あなたは……」
一拍おいて、私は言葉を繋げた。
「あなたは、殺されるのです」
室内を沈黙が支配する。彼女は、エダは眉一つ動かさず、虚空を見つめるように、私を見ている。
たまらず私は、押し出されるように言葉を吐いた。
「あの、その、軍曹」
「ふふ」
「……軍曹?」
「可笑しいな。全く可笑しいな。何故君はそんな怯えたような目で私を見るんだ?」
彼女は言葉を続けた。
「何を気にする必要がある。それが今の君に託された指名なのだろう。軍隊ならば上官命令だ」
「……ですが」
「君は上官に逆らうような殊勝な奴だったかね。今の立場を全てなげうってまで逆らう理由が存在するのか?」
「……それは、軍曹。いいえ、エダ。あなたが自分で何を言っているのか」
「それはこちらのセリフだよ。なあ、イレーヌ。君はもしここに座っているのが私ではなく、他の知らない、哀れで不幸なトイ・ソルジャー<おもちゃの兵隊>だったとして、君はそれを壊すのを躊躇ったかい?」
私はここに来てようやく、彼女の言いたいことを理解した。しかしそれは、或る種の狂気に浸された思想であった。
「軍曹。あなたは、あなたは……!」
「私が。どうしたと言うんだい。愛しのイレーヌ」
「あなたは、私の心の平等性を保つために、あなたをも殺せと、そう仰っているのですか」
彼女は、エダは微笑んだ。
「その通りだ」
一拍おいて、彼女は言葉を繋げる。
「出来ない、とは言わせない。君に生まれついた星の運命の果てがここにある。君に役割があるように、私にも恐らく役割がある。君がもし私を殺さなければ、別の誰か……悪意に満ちた第三者の手によって、私は惨たらしく殺されるだけだろう。そうなるぐらいなら……そう。これは言い方の問題だった。私はもう一度言い直そうと思う」
「エダ!!!」
「せめて君の手で、私を殺してくれ。お願いだ。イレーヌ……愛しの、イレーヌ」
私は声もなく泣き出した。悔しさと無念とがないまぜになって、目を伝って涙になる。その間、彼女は何も言わず、ただじっと、私の方を見つめ続けた。
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