No.4-5

 イーデン・スタンスフィールド。そう、それが彼女の名前。その顔を、その声を、忘れてはいない。否、忘れることなど出来るものか。

「軍曹、私です。イレーヌです」

 エダは未だ微睡みの中に居る。ぼんやりとした目で私の顔を見て、シニカルな笑みを浮かべる。

「イレーヌ? イレーヌが居るのか。それならこれは夢だな。まだ私は寝てていいんだな。しこたま鎮静剤打たれたもんだから、眠いんだよ。私は夢に帰る」

「違います。私はイレーヌです。イレーヌ・ブロイですよ、エダ軍曹」

 そこまで言って、エダはようやく目を見開いて、じっと私を見た。

「……何故白衣を着ているんだ?」

 その質問に答えるのが、私は辛かった。けれど、私は言うしかないのだ。

「……それは、私が研究者だからですよ。エダ軍曹」

「ああ、そうだったな。君は確か研究者になると除隊時に言っていたな。でも、ここに居るってことは、つまりそういうことか?」

「……はい」

 私が答えると、エダは笑った。

「そうか! そういうことか。傑作だなあそれは。悪趣味なジョークだと言う他ないね」

 エダの話す事柄について、私は返す言葉を持たなかった。

「……おいおいイレーヌ。何故君が泣くんだ? 泣き叫び命乞いをするべきなのは寧ろ私だぞ。そうじゃないか?」

 気付けなかった。自身の目に涙が漏れ出て、頬の上をすっと通っていたことに。

 そうだ。安心したんだ。ここに至るまでの様々な労苦と、この場所に来てからの葛藤が全て、彼女の、エダの顔を見ただけで、溢れ出てしまった。全ての苦労が今ここで報われてしまったかのように、心がそう錯覚してしまったのだ。

「軍曹……!」

 私は泣いた。泣きながら、ただ感情を吐き出している。

「どうした、イレーヌ。子供の頃を思い出したのかい?」

「私達にそんなもの存在するわけないじゃないですか」

「うん、そうだな。確かにそうだ。その通りだ……おいおい。そんなに泣くなよ。白衣が湿ったくなるぞ。この部屋みたいに」

「なんで減らず口ばっかりなんですかぁ! 今からでも、私に殺されるかもしれないって言うのに!」

「ああ、そうだね。でも、やはり私にとって君はイレーヌ・ブロイだ。かつて戦場で共に戦い、そして……」

 一拍おいて、エダは言った。

「愛し合った、大切な人なんだよ。そうだろう、イレーヌ」

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