No.4-4

 次の日、覚悟を決めて、私は出勤する。

 前日のうちに試験の具体的な内容は聞いている。退役した兵士に対して、様々な衝撃を与え、その際のダメージと修復速度について記述し、場合によっては対象の治療も行う。実験に際して使用する装置の操作は他の専門職員が行い、研究者はあくまで観察と指示とを行う。観察対象については起床から就寝まで、数時間ごとに様子を観察し、その記録を提出すること。実験を行う一ヶ月間は研究部内にある寮で生活するものとし、研究部外に出ることを禁じる。

 つまり私は一ヶ月の間、自分が害するその相手と何度も何度も対面せねばならないのだ。

 これを上司の男が儀式と呼んだその意味を、私は完全に理解した。この研究所においては、外に出せないような非人道的実験や、そのような兵器の開発が行われることがあり、それらに良心の呵責を覚えて辞めるならともかく、外部に流出させてしまうような『まとも』な人間を出来る限り排除しなければならないのだ。それらを選別するために、この実験は存在している。いや、勿論これも誰かがやらなければならないことなのだろうと言うことは、私もよく理解している。しかし恐らく彼らは意図的に、新人の研究員に対してこの実験をやらせているのだろうと私は考えた。

 私が、所定の部署へ顔を出すと、昨日私に実験内容を説明した上司がそこに居て、他には誰も居なかった。

 上司は言った。

「本当に、やるんだね?」

「勿論です。生半可な覚悟で、ここまで来れるとでも?」

 そう言った瞬間、確かにほんの少しだけ良心が声を上げた。だがその声は直ぐ様かき消された。

「それもそうだ……この後九時に、324号室へ来たまえ。そこで今回の実験対象と対面してもらおうと思う。実験は明日からだが、観察は今日からだ。しっかり仕事をしてくれよ」

「了解です」

 人造人間開発研究部の寮は五階建てのコンクリート製で、むき出しの灰色で、窓一つないその巨大な建造物はまるで何かの悲劇の後に建てられた慰霊碑のようであった。中は暗く、じめじめとしていて、昼間に入っても夜に入っても、恐らく内部の情景は全く変わらないであろう。

 指定された時間に私は部屋へと出向く。するとそこには既に一人の男が立っていた。その男はがっしりとした身体つきをしていて、一応白衣こそ着てはいるが、背中に自動小銃を背負っているのもあって、全く不似合いだった。

「あなたは実験対象じゃないですよね」

「そんな役回りはごめんだね」

 そう言って男は軽く笑った。

「私はこの研究所の所員の一人だよ。と言っても、君らのように研究をするわけじゃない」

「警備員ですね。それも実に高度な技術をもった」

「そうそう、そういうこと! イレーヌさんでしたっけ。綺麗な上に頭の回転も早い!」

 私が無言で男性を睨みつけると、男性は仕切り直すように一つ小さな咳をした。

「すまない。本題に入ろう……お察しの通り私は銃器を取り扱う訓練を受けた者で、この寮の警備を担当する者の一人だ。ここの警備はね、シフト制なんだよね。私みたいな奴が何故居るのかと言えばそれは勿論、実験対象が暴れ出したりした時に、それを鎮圧するためだ」

「頼り甲斐がありそうで何よりです」

「いつでも頼ってくれて構わないよ。担当の者が駆け付けるからね。それで、今回の面会も私が付き添うことになっている。それは勿論、君の安全のためだ。対象は車椅子に縛り付けられた状態でもうすぐ運ばれてくるはずだよ」

 何て野蛮なことを。そう頭の中で考えながらも、口に出すことはしない。覚悟をしたのはお前だ。そうだ、明日からかつて同胞だった兵士を痛めつけて出世しようとしているのは私だ、イレーヌ・ブロイだ。そうやって自分に言い聞かせる。

 やがて、彼の言った通り、車椅子に縛り付けられ、頭に袋を被せられた兵士が運ばれてくる。車椅子を押しているのは、恐らく彼の同僚で、同じように自動小銃を背負っている。

 その兵士には左足がなかった。右手からは薬指が、左手からは小指が失われている。何処かぐったりとした様子で、何も知らない人間が見たら死体が運ばれてきたのかと勘違いしてしまいそうな見た目だった。しかし、私は驚かなかった。戦場ではこのような負傷がありふれている。そして彼女達はその状態からでも、治療を行い移植手術を行えばまた戦うことが出来る。

 本当に私が驚いたのは、その後だ。

「面会だ。頭のものを脱がせてくれ」

 彼が言うと、車椅子を押してきた男が布袋を取り去った。

「……んん。なんだ、明るいじゃないか」

 彼女はそう言った。そして私は、その顔を見て驚愕した。心底震え上がった。

「すいません。お二人には一度、席を外して頂いても良いですか」

「危険ですよ」

「何かあったら呼び出しますから。お話させてください」

 そう言うと彼はやれやれといった体で部屋を出た。私は観察対象と二人きりになる。

 私は、その人の名前を呼んだ。聞かずとも分かる。そう、彼女だ。彼女の名前だ。

「エダ! エダ軍曹!」

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