No.4-3

 人造人間だなんて、まるで悪の組織じみた言い方じゃないかと昔から思っていた。世間では、例えばこの人造人間が兵器でなかった頃には、人間を演じているからアクターだとか、とにかく色んな呼び方がなされていたものだが、今では兵士という言葉そのものが彼女たちを指す言葉となりつつある。例えば、後進国の兵士は生身の人間がそのまま戦っているが、これは大体民兵と称されるし、後方に配置されている民間軍事会社の社員も兵士とは呼ばれない。

 しかし、だからといって人造人間というのは、如何にも安直過ぎてどうも好きになれないし、人間という言葉がついていながら何処か人間的じゃないような、そんな気さえしてくる。

 しかし、どうやらこの名称は、その実態を的確に表したものであるということを、私は今初めて理解した。

「生体標本を使用した、対衝撃テスト……?」

「そうだ。それが君のこれからの研究だ。期間は一ヶ月。それまで標本が生存していた場合、次の研究者に引き継がれる」

 直属の上司になる男は何の感慨もなく、ただ淡々と言葉を紡ぐ。

「待って下さい。まさかここでは、そんな研究をしているんですか」

「勿論。しかしそれだけじゃない。他にも様々な研究を行っている。その研究と試験は、ずっと以前から、それこそ我々コキュートス・アーモリーが兵士を作り始めた頃から行っている実際的な試験だ。兵器の耐久度を測る重要な試験であり、実際に我々が兵士を売り込む際にもっとも必要な、実際的なデータを採取することが出来る」

 上司のその言い方に、私は思わず語気を強めた。

「あまりにも非人道的です。彼女達は兵器である以前に人間なのですよ。それを何故!」

「君、えっと……イレーヌ・ブロイ君だったかな。その考えについては理解も出来るし、ある種の共感もある。私だって人造でないにせよ、一人の人間だからな。良心ぐらいは持っているし、それは多少痛みもする」

「なら、どうして?」

「研究というものには、そういった人の感情では割り切れない要素が必ず存在するからだよ……例えば薬物実験では必ずマウス、モルモット、サルと段階を踏んで実験が行われる。しかし、その過程で死亡する実験動物も存在するということだ」

 私が言葉を発する直前、上司は私の口を指でもって制止した。

「我々が取り扱うのはその通り、人間だ。しかし彼女達は人間である以前に兵器であり、兵器である以前に人間だ。ここがこの会社の中枢部であり、彼女達は最大の商品であり最大の機密なのだ。なあ、イレーヌ君。これは試金石なんだよ。つまり、君がこのコキュートス・アーモリーの中枢部で生き、成果を残す研究者に成り得るか否かを判断するための儀式だ。その残酷さを乗り越えてでも研究したいと思える。そんな心を持てないのなら、今すぐにでも君をもっと外側の、別の研究部へ戻そう。しかし、そこが君の終焉。最終到達地点となることは間違いないだろう」

 上司の男には、相反する二つの感情が同居しているように思えた。それはただ人道的な、一般的な人間としての価値観と、研究者としての功利主義的な探究心が、この一人の男性の中に居座り、その主権を巡って争い合っているのだ。

「……分かりました」

 私の答えは一つしかない。ここに来るまでに打ち捨てた数々のもの、耐えざるを得なかった辛苦を思えば、そう答える他ない。

「やります。研究者としての私の能力を、証明してみせます」

 そう答えると、上司の男は何とも言えない、悲喜のうち、そのどちらとも言えない表情をしていた。

 その日の夜、私は眠ることが出来なかった。ベッドの中に潜り込んでいると、私が行おうとしていることについて湧き出る疑問が脳内を埋め尽くし、私に無限の思考を求めてくる。

 お前はあんな非人道的な行いに加担するつもりなのか。お前には人間としての情というものがないのか。私の心の中に居る良心が叫ぶ。

 今まであなたがしてきた努力を考えなさいよ、そう簡単に投げ出せるほどあなたの努力は軽い、安いものだったの。私の中の功利主義が私自身を詰問する。

 それ以外にも、様々な感情が様々な意見を好き勝手に述べては消えていく。私の思考は無限に行われ、睡眠時間がすり減らされていく。

 私はシーツを蹴飛ばして、ベッドから抜け出る。以前、不眠症状が出た時に貰ったまま、使い切れなかった睡眠薬が残っていたことを思い出たのだ。

 私はそれを取り出し、嚥下した。そうしてまたベッドに戻り、目を瞑って暗闇の中へ戻ると、あの騒がしい自問自答の連鎖をそのままに、不思議と私は眠りの森へと歩み出すことが出来た。

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