No.4-2
目を覚ますと同時に、びくっと身体が震えた。思い切り息を吐き出して、私は天井を見つめる。
「戦場、か」
私は何度も、戦場に居た頃の夢を見る。あの頃の記憶が脳内にこびりついているのだろう。けれど、私は不思議とあの頃のことを思い出すと、降り注いできたあの無機質な殺意と一緒に、有機質的なあの暖かみを、あの上官に触れた時のことを同時に思い出すのだ。
私がPTSDにならずに済んだのも、あの戦場で死体を晒さずに済んだのも、全てはあの人のおかげだ。
ベッドから起き上がるその身体には汗が粘りついていて、熱っぽかった。私はインスタントコーヒーを淹れながら、あの人の名前を脳裏に浮かべた。
イーデン・スタンスフィールド。あの時は確か兵長で、私が別れる時には軍曹まで昇進していたはずだ。
私は、初めから知識を持った、学者となるためにデザインされた人間だ。しかし、最前線では衛生面の知識を持つ者が必要とされていた。彼女たち兵士は皆治癒能力が高く、彼らは私達を皆放っておけば傷が治るものだと思い込んでいた。だが、実際に新しい腕を縫合する際などは、傷の具合によってはかなりの苦労を伴うことが分かり、人間向けでない、彼女らへの理解の深い人材が求められていた。その上で、研究者或いは科学者となるために作られた私は実に都合の良い存在であった。
私は兵学校で最低限の教育だけを受け、最前線へ放り込まれた。その部隊を統括していたのが彼女、イーデン・スタンスフィールドだった。
「エダでいいよ」
私が彼女の小隊の所属になったその日の夜に、彼女は私に夜這いを仕掛けてきたので、私は物凄く驚いた。
その時確か、私はこう言ったはずだ。
「何をしに来たんですか!」
彼女はすぐ答えを返した。
「愛すべき新兵に軍のしきたりを教えてあげようかなと」
それより先、私と彼女がどのような会話を展開したのか、それを正確に思い出すことが出来ない。
彼女は最前線の兵士に共有されるあの渇き切ったコメディセンスはよくよく理解していた。彼女は自由な空気でもって隊員の指示を集め、実戦での有能さでもって隊員を率いた。
戦闘は厳しいものばかりで、部隊は幾度か壊滅しかかった。それでも私が生き残ることが出来たのは、彼女が優秀だったからに他ならない。
一年ほど従軍した後、私は除隊となった。私と、そして彼女達を作り出したこの会社で今度は研究者が足りなくなったのだと言う。その間に、彼女は三度腕を付け直し、二度左足を取り替えていた。
私はここ、コキュートス・アーモリーに来てから、一研究員として長く努力し続けてきた。脳裏にあったのは、彼女……イーデン・スタンスフィールドのこと。彼女やその他の数多の兵士達が苦しまないで済むような、そんな方法をいつか私がこの場所で見つけ出してやる、そういう思いを抱きながら、ここでずっと働いてきた。
そして私は、三年間の月日をかけてようやくこの会社の研究所の最重要機密である人造人間開発研究部へと登りつめた。
今日は、研究部への初めての出勤日。そこで行われているありとあらゆる実験の全てが重大な企業機密であり、一度それが流出となれば、この企業どころか、他の国家を巻き込む大騒動を起こしかねないような、そのような内容だと知らされている。故に私は、具体的な業務の内容をここに至るまで一度も知らされていない。
けれど、不安がる必要はない。私は今までずっと努力し続けてきたのだから。戦場に飛ばされ、戦って、私自身さえも銃を取りながら生き残り、ここに来てからも人造人間だという偏見に晒され、嫌がらせを受けてきた。それでも私はここに居るのだ。それこそが何にも勝る証明だった。
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