No.3-2
後方の補給基地。かつて最前線だった場所から遠く離れた場所に位置するそれは、永遠に来そうにない敵からの攻撃に備え、何重もの防護柵と対空砲が据え置かれている。
これこそは、可視化された命の価値だ。後方に居る彼らは私達クローン兵士と違う普通の人間達だ。彼らが死んだ時の物質的、政治的損失があまりに大きいが故に、人類は私達を作ったのだ。逆に言えば、死ぬことのない戦場であるならば、わざわざ私達を使いはしない。この基地のように、生身の人間を使う。
「宜しく頼む」
顎に髭を蓄えた大男と私は握手を交わす。この男は軍属ではなく、民間軍事会社に雇われた兵士の統括者だ。
民間軍事会社は軍を統括する上層部にとって実に便利な存在だ。何故なら彼らは軍属でないので、仮に死亡しても上層部はそれらを納税者たちに知らせなくても良いし、後方補給のノウハウも持っている。昔は兵士を死なせても問題はなかった(そもそも兵士とは、戦争で死ぬものである)のだが、今では人死に一つ出るだけで大量の金銭と票が失われる。それらのコストを考えれば、高い金を使ってでも彼らを使役したほうがいい。
しかし、彼らも最前線で戦うことはない。民間軍事会社にとっても経験豊かな社員は資産であり、その損耗を恐れるので、最前線に連れて行くのを渋る。結果、最前線は私達クローン兵士が、後方補給を彼ら民間軍事会社が担当することが多くなる。
「うちのが何か、失礼なことを言いはしなかったかな」
男がそう聞いてきたので、私は率直に言葉を返した。
「山ほど言われましたが」
すると、その男は笑った。
「はっはっは! 元気が余っているんだよ。どうか私の顔に免じて、許してやってくれ」
分かりきったことだった。彼らは私達に、差別とも違う一線を引いている。私達は女の姿形をしてはいるが、その実態は人工的に作られた物体に過ぎず、ちょっとした差別は許容されるんだと思い込んでいる。
私はその顔に微笑を浮かべながら、言葉を返した。
「あなた達男っていうのは、人間社会の中でもそうやってわざとらしく粗野に振る舞われるんですか? 何分、不勉強なもので」
男は表情一つ変えずに答える。
「君達は戦う以外に能がないから仕方ないやもしれないが、男というのは元来粗野なものだ。もっと勉強してくれるといいのだが」
私は気がついていた。私の手を握る男のその手に、少しだけ力が入ったことに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます