No.2-4
あれからどれだけの時間が経っただろうか。
残された私達は、別の牢に閉じ込められた。今度の牢には中身のスポンジが半ば露出してしまっている古臭いベッドがあり、兵士たちはそこを慰安所として使用している。戦時には彼らの宗教の法典により異教徒とされた女たちが従事していたその仕事に、私達は駆り出された。
彼らの行為は強引で、相手を鑑みない、暴力的なものだった。しかしその行為は単なる肉欲ではなく、儀礼的な感情を伴ったものであることが、私には分かった。
私達はこの行為を通じて、彼らの言葉をいくつか理解することが出来た。それは汚らしい言葉ばかりだったが、興味深いものも存在する。例えばそれは『戦友』であったり『神』であったりした。彼らはただ自身の欲望を私達の身に吐き出しているのではなく、散って行った戦友の弔いであったり、或いは神への信仰告白として、行為を行っているのだ。
ナージャは私以上に彼らの言葉を理解したらしく、簡単な会話らしきものまでやってのけた。しかし、その性格だけは変わらないらしく、たまに言葉を呟いては行為の相手から手酷い暴力を受けていた。けれども逆に、まるで愛し合う人同士が行うように優しく取り扱われることもあった。
牢には小さな窓が一つあり、砂漠特有の雲一つない空に浮かぶ月が、すえた臭いのするこの場所まで光を届けていた。
「今日はきっと満月ね。だって、牢の中がこんなにも明るいんだもの」
ナージャはそう言った。彼女は今、月の光に照らされて美しさだけが輪郭を持って浮いているようにさえ思えた。
「ねえ、エミリア。あなたはこの国の人達をどう思う?」
「どう、って。酷いことをしてくる人ばかりじゃないです。ナージャは大尉が殺された時のことを覚えていないんですか」
私が言うと、ナージャは優しく微笑んだ。私達には母など存在していないというのに、その様子から私は母性から出る慈しみを感じ取った。
「ええ、覚えているわ。でも、私はあれと同じか、それよりも酷い戦場をいくつも見てきた。大尉は自分から名乗り出て、覚悟をもって処刑台の上に立つことができたけれど、何の準備もなく銃弾に当たって、訳の分からないまま死んでいく兵士たちだって沢山居たの。それはきっと、彼らだって同じなのよ」
「どうして、どうしてナージャはそんなに優しくなれるんですか。私達を害する彼らに、どうして情を持てるんですか」
ナージャは即座に答えた。
「分かったからよ」
その言葉の意味を、私はよく理解することが出来た。
「彼らもね。死ぬのは怖いって。いつ死ぬか分からないって。だからここに来たって、そういう人が何人も居たのよ。勿論、心底私達を憎んでいる人や、心の痛みを忘れてしまった人達も居るけれど、それと同じだけ辛い思いをしている人達が居る。
きっとそれって、私達も同じじゃないかしら。殺しを楽しむのも居れば、苦しんで死ぬ人も居る。そこには確かに宗教とか国家とか思想とか嗜好とか、何かしらの違いは横たわっているかもしれないけれど、本質は同じ……私は、そう思う」
きっとナージャは、彼らの言葉を解したからこそこの結論に至ったのだと思う。けれど、私は彼らの言葉が分からない。言葉の分からない敵対者とは、自分にとっては猛獣らと何ら変わりない。私の身を貪り食う、肉食獣に過ぎないのだ。
「ナージャ」
「どうしたの?」
彼女の顔には、聖母の笑みが浮かんでいた。私達に神など存在しないというのに、私はその表情から神性を見出していた。
「私は、分かりません」
「……そう」
彼女は自身の考えを押し付けもせず、敢えて打ち捨てようともせず、ただそこに横たわった。彼女と私の間には、月の光と隔絶のみがあった。
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