No.2-3

 次の日。全裸で横たわる私達に水がかけられた。彼らは私達が水の冷たさで目を覚ますのだろうと考えていたのだろうけれど、その水はぬるかったので、微睡みの中から私達を引きずり出すことは出来なかった。彼らは怒ってその手に持った警棒を振り回し、私達をやたらめったら叩き尽くした。

 私達は各々、間の抜けた悲鳴を上げて飛び起きた。痛みが肌の上から染み込んできて、眠気を追い出していく。

 彼らはすぐさま私達を拘束した。私達は為す術もなくただその手に縄をかけられていく。

「並べ」

 彼らの中でもっとも年老いた、恐らく上官なのであろう人物は私達の言葉でそう言った。

 私達は裸に縄をかけられ、並ばされ、行進を始めた。

「まるで太古の奴隷市ね」

 口達者なナージャがそう呟くと、傍らの男が警棒でナージャの肩を思い切り叩いた後、短く叫んだ。言葉の意味は分からないが、お喋りをするなとかそういう意味だろう。

 私達三人は牢から出された。外には、民族衣装を着た民衆たちが待ち構えていた。その目には憎悪と嘲り、恐怖があった。私達は民衆の目に晒されながら、外を歩く。先程まで私達に暴力を奮っていたはずの兵士たちが、まるで私達を庇うかのように、周りを取り囲みながら、歩き続けていた。

「!」

 民衆の中から、声が上がった。その声は水たまりに浮かぶ波紋のように、熱と狂気を民衆の間に広げていった。直後、何かが私の顔にぶつかったのが分かった。それは石だった。

 民衆は、叫んだ。

 その叫びが何を意味するのか、私には分からない。ただ、彼ら民衆の中にある怒りと悲観、嫌悪といった負の感情だけが強く、強く伝わってきた。

 民衆はあらゆるものを私達に投げつけた。石、木、砂、皿、鉢。それらを思い切り力を込めて、私達目掛けて投げつけてきた。

 先程まで私達を嬲っていた兵士たちは途端に、私達の護衛となった。彼らは民衆に向かって何かを叫んだ。それは恐らく静止の言葉であろうが、民衆にはまるで伝わらない。

 先頭の年老いた兵士は、唐突に立ち止まる。そして、手に持った自動小銃を空に向けて撃った。渇いた銃声が空に、街に響き渡り、民衆は静まり返った。

 私達はまた歩き始めた。民衆は、先程のように怒り出すことはないが、心の底に静かな怒りを湛えながら、私達のあとをついてきた。

 やがて、この街の広場へつく。そこには木で作られた台座があり、縄が放られていて、血糊らしき汚れが染み付いていた。私達はその台座のすぐ横まで引っ張られた。

 年老いた兵士が私達三人を見て、言った。

「もっとも階級の高い奴は、誰だ」

 その言葉の意味を、私はすぐさま理解した。きっと、三人の中で最も階級の高い者をあの処刑台で殺すつもりなのだろう。

「私だ」

 声が聞こえた。その声は確かに、大尉のものだった。私は大尉の方を見た。彼女は何も言わず、残された二人に向かってウインクをした。彼女の片方の目は瞼が腫れてほぼ閉じていて、両目を閉じかけているようにも見えた。

 かくして、処刑は始まる。民衆から大尉一人には重すぎるほどの憎しみが注がれる。場は静かでも、怒りだけが隠し切れずに漏れ出ていた。

 老兵士が何かを叫ぶ。処刑前の演説だろう。民衆は彼の言葉、動きに合わせて叫び声を上げる。それはやがて一つの言葉になり、空間の中にその言葉が満ちる。それは恐らく彼らの言葉において死を意味するものであろうことは容易に予測できた。

 大尉は兵士に背中を押され、台に足をかけた。大尉は恐れることなく一歩ずつその階段を登った。頂点に達し、処刑人たちによってその首に縄がかけられる。

 民衆は一つの言葉を叫んだ。強く、強く叫んだ。同じ言葉だ。その言葉は死だ。私は確信した。

 死を、死を、死を! そのフレーズは合唱となる。その音の響きに、台座が震える。

 老兵士が叫んだ。それと同時に大尉の足元の台は取り払われた。大尉は宙に浮いた。民衆の中に静寂が訪れた。ふらふらと大尉の身体が揺れる。縄が締まり、大尉の顔が赤くなる。

 処刑人の一人が、大尉の足を引っ張る。大尉の身体が暴れ出し、失禁する。その様子に、民衆は歓喜する。やがて大尉の動きが止まると、処刑人は乱暴に大尉の死体を降ろした。

 直後、民衆はとうとう台座へ登りだし、処刑人と老兵士は逃げ出すように台座から降りる。民衆たちは、大尉の死体に群がった。

 その隙を突くように、私達は兵士たちに無理やり車へと押し込めた。真っ暗な車内へ投げ込まれ、車が動き出す。その間、民衆から喜びの声が響き続けていた。

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