3-4話 蒼血啜りの解放
同じ頃、ブラッドペリ城では。
「絶対に動かないで下さいまし。手元が狂いますので」
イロナの炎剣が、レナを拘束していた枷を、緻密な動きによって焼き切っているところだった。
「早くしておくれ」
「早る気持ちは承知しておりますが、どうか堪えて下さい」
イロナは淡々と、しかし剣先から目を離さないようにしながら言った。生前の彼女であれば、この荒行に額から汗を滲ませずにはいられなかっただろう。屋敷幽霊となった今も、主に苦痛を与えてはならないという思いは変わらない。
それは体はもちろん、心もそうだ。主の意向に答えるべく、イロナは遅々とした進みの中でも可能な限り急いだ。最後の手枷が今、外されようとしている。
「公、あなた様の体も相応に弱っていらっしゃいます。もし……あなた様の試みが失敗したその時には」
「分かっている。今すぐにお前たちを全員、白の塔に集めろ。万が一、あたしがし損じていたら、お前たちがあれを眠らせてやってくれ」
「レナお嬢様に出来ないことが、我々に出来るとは到底思えませんが。主命とあらば承りましょう。死力を尽します。しかし」
イロナはそう言いつつも、まるで狼のようにぎらついたレナの目を見て言った。
「お嬢様の立てた算段が、うまく行かないはずがありません。そのためにあなた様と私どもは、これまで数多の吸血鬼を狩り続けてきたのですから」
「よしておくれ、お嬢様と呼ぶのは」
レナはイロナを遮った。
「もう捨てた名だよ、そいつは。レナ・ブラッドペリは死んだ」
「屋敷幽霊の前でまたそのようなことをおっしゃる。こちとら生き返りたくても生き返れないのですよ」
「ほぉ、生き返りたいのかい」
「今のところは、いいえ。この体の方が、あなた様をお守りするのに適しています故。お嬢様」
「……ふん」
レナが鼻を鳴らすのと同時に、硬質な音が鳴った。最後に残った手枷が、溶断されたのだ。
その時、手枷だけで宙に浮いていたレナの体もまた、石床に崩れ落ちた。よもや倒れ込むとは思っていなかったイロナは、焦り炎剣を放り出してレナの体を抱いた。
「お手を、お嬢様。そのお体では満足に立ち上がれないでしょう」
「いいや、イロナ。側仕えのお前が主を見くびるんじゃない。蒼血啜りの執念を、甘く見るんじゃないよ」
そう言いながらも、レナは息も絶え絶えと言った様子で、谷間に吹きわたる風を思わせる鋭い音をした呼吸を繰り返すばかりだった。三週間という長い幽閉の時が、彼女をここまで弱らせた。
そのわけを、イロナは知っている。
「強がりをおっしゃらないで下さい、お嬢様。私どもに矛盾した命令を与えないで下さいませ。あなた様はアルカディアお嬢様のお顔をみたいとおっしゃる。その一方で、このまま床に転がしたままにしろともおっしゃる。今一度問いましょう、あなた様の執念は、どちらにありますか。冷たい床ですか。それとも飢えきった吸血鬼ですか」
「あれを吸血鬼と呼ぶのはもう止めろ……!」
レナはその怒声に乗るかのようにして、一息に立ち上がった。
「止めろ、イロナ。まるで失敗したかのような言い草をするな」
「大変失礼をば」
深く頭を下げるイロナ。
レナはよろめきながらも、なんとか立ち姿を保った。
「行くぞ、イロナ……。あの娘がどうなったのか、みてやろうじゃないか」
「はい、お嬢様」
ふらつく足取りで黒の塔を出るレナ。それを介添えするイロナ。
向かうは一路、アルカディアの許。
もはや牙を失った吸血鬼……哀れな娘に、レナの足音が、近づいていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます