3-1話 幽閉
痛烈な結果をもたらしたトマソンの来訪から、二週間が経った。
村と、レナの居城には冬の足音が聞こえ始めていた。風は峰高い北方から吹き下ろす冷たい物に変わり、日光が差す時間も次第に短くなっている。雪が降り始めるのも、もう間もなくのことだ。
そうなると食糧の確保は困難を極める。もともと寒冷地である周辺に、辛うじて自生していた果実の類いは全滅。作物も寒さに負けてしまう。この時期から忙しくなるのは狩人だ。冬に備えてたっぷり脂を蓄えた獣を、山に出向いて狩るのである。往々にして、狩られる側に回ることも多いのだが、それは命のやりとりをする者たちの間の、不文律のような物だ。
冬支度の期待を背負い、旅立つ狩人たち。それを高い尖塔の上から見下ろす狩人が一人いた。
レナ・ブラッドペリ。吸血鬼狩りにおいて右に出る者のいない、蒼血啜りその人である。
彼女が外を窺っているのは『黒の塔』と呼ばれるもので、レナの居城の中でもっとも村に近い角に屹立している。
かつて、そこに村がなかった頃。この城が築かれた当初、敵は里の方向からやってきた。敵とは何か? 魔性の類いである。故にこの塔には視線を遮る霧が常にかかっている。魔なる物の邪視を避けるためだ。
まっとうな人間の目を持っていれば、この霧は無意味だ。しかしレナは、自ら邪視を宿している。
だからレナには、実のところ旅立つ狩人たちの顔など見えてはいないのだ。
もとより、俗世の連中になど興味も無い。狩りがどうなろうと知ったことではない。この城に住まうのは自らを縛る信条という名の魔力を食らって生きる、魔なる物だけなのだから。
「……そろそろ、頃合いかね」
独りごちるレナ。
見渡せど広がるのは白い霧ばかり。そんな黒の塔になぜレナは立っているのか。
「いいえ、公。まだ、いけません」
「本当だろうね、イロナ」
「私どもは嘘をつけません。どうかご静観を」
背後に、イロナがいた。地に足が着くはずもないのに、律儀に跪いている。
「悲願の成就まで、やっと半ばと言ったところでしょうか。ここで気を抜いては、全てが台無しでございます」
「……だが」
「なりません。私どもはあなた様の何よりの理解者であると自負しております。ご指示に従うだけが、あなたを理解すると言うことではないと言うことも、理解しております」
「分かっている。分かっている!」
レナが髪をかき乱すと、金属の打ち合う重い音がした。
彼女の腕に嵌められている、手枷から伸びる鎖が打ち合う音だ。
レナ・ブラッドペリは拘束されていた。
腕には手枷。足には鎖、それが塔のてっぺんからぶら下がる鉄輪に溶接されている。
彼女は自らの意思で、そうするようイロナに命じたのだった。イロナの炎剣は鉄など容易く溶かす。それで自らを拘束する枷を作り出させ、ここに自らを幽閉したのだった。
白の塔の対角にある、この黒の塔に。
「アルカディア……」
「あの吸血鬼の顔が見たいですか」
「アルカディア」
飢えた獣が唸るように、レナはその名を繰り返した。
「ならば、今は存分にお苦しみあそばせ。そしてこの霞の壁をご覧下さいませ。その向こうであのお方も」
イロナは答えて、肩を戦慄かせて言った。
「同じように、苦しんでいらっしゃるのですから」
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