1-第1話 レナ・ブラッドペリ
レナ・ブラッドペリが”蒼血啜り”と呼ばれるに至ったいきさつは、彼女が持っている嗜癖とでもいうべきものだ。
彼女は魔性の中でも吸血鬼を好んで狩った。そしてそれを、生け捕りにして持ち帰り、居城にて嗜虐の限りを尽くしていたぶり、殺す。領民が聞く絹を裂くような悲鳴とは、すなわち連れ去られた吸血鬼のあげるそれである。
ここに二つの畏怖が生じる。すなわち「殺すだけでも難しい吸血鬼を、生け捕りにするだなんて、いったいどれだけの腕前の持ち主なのか?」という畏敬の念と、「結局殺すならなぜ生け捕りにして、城へ連れ帰るのだろう」という疑念である。そこで誰かがまことしやかにささやいたのが、
『レナ・ブラッドペリは、吸血鬼の血を啜っているからあれだけの力を持っているんだ』
ということだった。
筋が通っているようでいて、しかし全くの世迷言の範疇を出ない妄言である。吸血鬼の血には魔力が秘められていると公には信じられていること、レナが吸血鬼を城に持ち帰って嗜虐の限りを尽くしていること。一つの迷信と一つの事実の間にうまいこと掛かった架け橋が、それだったのだ。
そうして蒼血啜りとして恐れられる、レナ・ブラッドぺリ。領民の畏怖を堂々と跳ね返しながら引きずる頭陀袋の中身は、当然吸血鬼のたぐいだ。レナが恐れられるのは、レナ自身が恐ろしいからだけではない。彼女がもし……居城での悦びに耽溺しすぎて逆に嬲り殺されてしまったら? 次に獲物になるのは城下に住まう彼らなのだ。民草の誰もが抱く懸念に対し、レナが帰ってくるたびに上申書が何通も教会へ届く。
『あの悪癖をやめさせろ、砦の内側に魔性を持ち込ませるな』
しかし現状において、レナは悠然と獲物を居城へと運んでいるのであった。圧倒的な強者であるレナと、集まれば声の大きくなる群衆の板挟みになって、教会が気の毒かといえば、必ずしもそうとは言えない事情があるのだが……民の憤りは、教会の思惑とは関係なしに高まっていくばかりだった。
もっとも、レナはそんな、やっかみにも満たない悪意の霧を気にかけるような狩人ではなかった。何せ彼女は普段から、人の悪意を凝縮して煮詰めて固めたような殺意の塊と対峙して、平然とそれを刈り取るのだから。うごめく頭陀袋に時折けりを入れながら、その際に上がる周囲からの悲鳴を割って進む。
レナの居城は領を抜けたところにある小高い丘の上に鎮座している。村人からは不気味がられているが、悲鳴さえ上がらなければ特段いうことのない城だ。古式ゆかしいたたずまいで、見張り塔の名残だろうか、それとも星見台だろうか、尖塔が高くそびえている。苔むした石壁があれば、補修で詰めた真新しい石も顔をのぞかせている。その外観から感じられる年代そのものが、ブラッドぺリという家のかつての隆盛と、それから凋落を著しく表していた。
獲物を市中引き回した後、レナは城を囲う鉄柵に沿って門扉を目指す。するとこれまでは控えめだった獲物の様子が、にわかに騒がしくなったのだった。手足を聖別したロープで縛っているにもかかわらず、まるで飛び跳ねんばかりの勢いだった。
同族の血と叫びが染みついた場所に、近づいているのを感じ取ったせいだろうか。
レナの対応は淡々としたものだった。これまでは一発だった蹴りを、二発、三発と……袋にまさしく蒼い血が滲み、獲物が沈黙するまで続けた。
「……くたばれたか?」
その時初めて、この狩りを終えてから初めて、レナは口を開いた。袋の中身は答えない。
「そんなわきゃ、ないよな。あたしの狩り道具をあらかた吐き出させて、ついに鎌まで抜かせたあんたのことだ。蹴りの三十一発でくたばったりしないだろ」
ぱたた、と袋に新たな蒼血が滲んだ。袋の中から答えがあった。
「……くたばりやがれ、クソババァ」
「ああ、これまでにそうできてたらどんなに楽だったか。だが、残念。先に楽になるのはお前さんのほうだ。そのために、わざわざ生け捕りにしたんだからね……」
「わたしの血を……絞って飲むつもり」
レナは吹き出した。
「おいおい、吸血鬼のお前さんが、そんなたわごとを吐くのかい」
そして再び袋を引きずって、歩き出した。
「お前さん方のことは、お前さん方よりもよぉく知ってるよ。その薄汚れた血を一滴残らず絞ってやったって、一日もたたずに元通りだ」
「ちょっと……やめて、やだ」
「その程度で……すますと思うか? 済ませてもらえると思うのか? アルカディア。東の吸血鬼の祖にして元締め、最も罪深き魔性……」
「何よ、何よ! そうよ、わたしはアルカディア! 誰だと思ってんの、こんな真似してタダですむと思ってんじゃないでしょうね……! ねぇやめて、やめてったら!」
「くく……くくく……喉が使えるうちにわめいておくんだね」
彼女のわめき声を引きずりながら、レナは門扉を開き館へと歩みを進める。
その先で哀れな吸血鬼を待っているのは、目を覆いたくなるような惨劇か。
あるいはそれそのものが、福音となるのかもしれなかった。
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