壊れ舌


 “壊れ舌”たちがやって来た。

 彼らは喇叭らっぱ吹きに連れられて町にやってきた。“壊れ舌”たちは子どもの姿をしている。彼らは年を取らない。どんなに大きくても十三歳くらい。“壊れ舌”たちは長生きしない。寿命はせいぜい三十年。

 “壊れ舌”は喋らない――喋ることができない。呼び名の通り、彼らの舌は出来損ないだった。彼らにできるのは歌うことだけ。彼らは素晴らしい声を持っている。そして喇叭吹きに連れられて、町から村へ、村から町へとねり歩く。喇叭吹きが彼らの到着を知らせると、みんなこぞって彼らの歌を聴きに来る。彼らの歌声は夜明けの光のよう、人々は心を打たれ、涙する――でも“壊れ舌”は喋ることができない。

 彼らは歯を見せて笑う。こちらをじっと見つめ、それから歯をカチカチと鳴らすが、それがどんな意味を持つのか誰も知らない。

 喇叭吹きは十数名の“壊れ舌”たちを連れて巡業する。喇叭吹きは彼らをいじめる。歩くのが遅い、妙な目つきでおれを見た、と理由をつけては――あるいは何の理由もなく――彼らを杖で打つ。喇叭吹きの杖は鉄の石突いしづきがついていて、打たれると肉が裂けて血が出る。ひどい打たれ方をすると骨も砕けてしまう。その傷が悪くなって死んでしまった“壊れ舌”も少なくない。

 まれに、本当に稀に、言うことを聞かない“壊れ舌”が現れるが、そういうやつは喇叭吹きが杖で頭をかち割ってしまう。死んだ“壊れ舌”は豚の餌になる。



 日暮れ前、“壊れ舌”たちが町にやってきた。

 みんなわくわくして彼らを出迎えた。明日の正午、中央広場で“壊れ舌”の歌声を披露しよう、と喇叭吹きは約束した。宿屋は喜んで喇叭吹きに部屋を貸し、“壊れ舌”たちには納屋があてがわれた。喇叭吹きは寝る前に“壊れ舌”たちを集めて喇叭を吹いた――それは心躍るような美しい曲で、通りすがりの者たちは口笛を吹いて小銭を投げた。“壊れ舌”たちは小さなハミングでその旋律を真似た。曲が終わると喇叭吹きは、みなさん、明日の正午にはもっと素晴らしいものが聴けますよ、と述べて部屋に引っ込んだ。

 “壊れ舌”たちは納屋で身を寄せ合って眠った。


 一人の“壊れ舌”が納屋からそっと抜け出し、夜の闇の中をさまよった。町のはずれまで来て、豚飼いの家の窓を覗きこんだ。中では豚飼いの子どもが悪さをして箒でひっぱたかれていた。“壊れ舌”はその様子をじっと見ていた。家の扉が開き、子どもは罰として豚小屋に閉じこめられた。“壊れ舌”は納屋の戸の隙間から中を覗いた。暗い納屋、壁板の隙間から忍びこむ微かな月の光、豚たちが鼻を鳴らす音、キイキイ鳴く音、飼料の匂い、豚たちが放つ悪臭。子どもはうずくまってしくしく泣いていた。“壊れ舌”は歯をカチカチと鳴らした。その音で“壊れ舌”に気づいた子どもは驚いて泣くのをやめた。

 “壊れ舌”は来た道を引き返した。

 

 納屋に戻る前に、“壊れ舌”は宿屋の喇叭吹きの部屋の窓を覗きこんだ。喇叭吹きはだらしない顔で、大いびきをかいて眠っていた。ベッド脇には石突のついた杖、テーブルの上には喇叭が置いてあった。“壊れ舌”は長い間その様子を眺めていた。それから納屋に戻って隣で眠っている“壊れ舌”を突いて起こし、耳元で囁くように歌った――先ほど聞いたばかりの鳴き声を。それから歯をカチカチと鳴らした。もう一人の“壊れ舌”は歯をむき出し、反対側で眠っている仲間を起こし、耳元で同じ歌を囁いた……そうして“壊れ舌”全員が新しい歌を覚えた。

 納屋から漏れ出た音は町中を覆い、人々は目覚めた時、苦しい夢を見た、とぼんやりと思ったが、すぐにそれを忘れてしまった。



 朝が来て、“壊れ舌”たちは水と古くなったパンやチーズを与えられた。彼らは我先に餌に群がった。体の小さい者はほんの僅かなかけらしか手に入らなかった。それから喇叭吹きが陽気な曲を聴かせ、彼らはそれを真似てハミングした。

 中央広場では、正午になる半時も前から人々が詰めかけていた。教会の鐘が時刻を伝えると、喇叭吹きは杖で“壊れ舌”たちを脅しながら、上機嫌で広場に入ってきた。人々の間から拍手と歓声が起こった。喇叭吹きが高らかに楽器を吹き鳴らすと、“壊れ舌”たちは美しい声を披露した――その華々しい、鮮やかな音に人々はとても愉快な気分になり、“壊れ舌”たちに割れんばかりの喝采とたくさんの小銭が降りそそいだ。もっと彼らの歌を聴きたがった。喇叭吹きは、こいつらの舌には今日はこれで精いっぱいです、しかし皆さんがお望みなら、また明日、同じ場所、同じ時間に歌を披露しましょうと約束した。

 “壊れ舌”一行はもう一日ここに留まることになり、日が暮れると喇叭吹きは彼らに餌を与え、楽しげな喇叭の演奏を真似させ、部屋に引っ込んだ。“隠れ舌”たちも前の日と同じように身を寄せ合って眠った。



 今夜もまたひとりの“壊れ舌”が納屋を抜け出して町の中を徘徊した。

 “壊れ舌”は裕福な家の窓を覗きこんだ。鎧戸は閉まっておらず、微かに明かりが漏れていた。部屋の中では老いた男が涙を流していた。彼の息子が死んだのだ。何年も前、いさかいの末に追い出してしまった放蕩息子は、遠い街で疫病にかかって死んだ。それを知らせる手紙を握りしめ、男は泣いていた。死ぬ前に息子に会いたかったと嘆きながら死んだ妻を想って泣き、いつからか反抗的な鋭い視線しか向けてこなくなった息子を想って泣いた。“壊れ舌”はその様子をじっと見ていた。ふと顔を上げた老人が、誰だ、と叫ぶと“壊れ舌”はカチカチと歯を鳴らして走って納屋に戻った。


 納屋に戻る前に、その“壊れ舌”も宿屋の喇叭吹きの部屋の窓を覗きこんだ。喇叭吹きは間抜けな顔で、よだれを垂らしながら眠っていた。ベッド脇に彼らをいじめる杖、テーブルの上には彼らを操る喇叭。“壊れ舌”は長い間その様子を眺めていた。それから納屋に戻って隣で眠っている“壊れ舌”を突いて起こし、耳元で囁くように自分が聴いてきた泣き声を歌った。それから歯をカチカチと鳴らした。もう一人の“壊れ舌”は歯をむき出し……前の日と同じように、“壊れ舌”全員が新しい歌を覚えた。

 納屋から漏れ出た音は町中を覆い、人々は目覚めた時、耐え難い夢を見た、とぼんやりと思い、午前中ずっと気分が塞いでいた。



 正午には昨日と同じようなことが起こった。“壊れ舌”の歌声は町人の憂鬱をすっかり吹き飛ばしてしまった。喇叭吹き一行はもう一日ここに滞在することになり、日が暮れて喇叭を聴かされた“壊れ舌”たちは納屋で身を寄せ合って眠った。



 この夜もひとりの“壊れ舌”が納屋から抜け出して夜の街を忍び歩いた。“壊れ舌”は貧しい家の扉をそっと開き、中に滑りこんだ。奥の部屋のベッドの前で、女と男が泣いていた。彼らの目の前には死んだ赤子、彼らの子どもが横たわっていた。赤子は産声を上げることもなく死んだ。男は女を慰めようとしたが、自分自身の悲しみに押しつぶされてしまっていた。女は自分が赤子を殺してしまったと思い、己を呪う以外には何もできなかった。“壊れ舌”は部屋の扉の影からじっと彼らを見ていたが、しばらくしてそっと扉を押した。扉はキイと鳴りながら少しだけ開いた。部屋の中の二人は驚き、男が女を抱き寄せた。二人はそれを死神か子どもの霊だとでも思ったのだろうか? “壊れ舌”は歯をむき出して彼らに笑いかけ、その家から出て行った。


 納屋に戻る前に、“壊れ舌”は宿屋の喇叭吹きの部屋の窓を覗きこんだ。喇叭吹きは醜い顔で、ベッドから落ちそうになりながら眠っていた。ベッド脇には彼らを殺す杖、テーブルの上には彼らを縛る喇叭。“壊れ舌”は長い間その様子を眺めていた。それから納屋に戻り、“壊れ舌”たちは順番に歌い、歯をカチカチと鳴らし、歯をむき出した……そうして“壊れ舌”全員が新しい歌を覚えた。

 納屋から漏れ出た音は町中を覆い、人々は目覚めた時、自分の心臓が動いているかどうかも分からなかった。彼らは正午を心待ちにした――“壊れ舌”の歌が、この暗闇を取り払ってくれるだろう。



 正午の中央広場はいつにも増して人が多きように思えた喇叭吹きは、今日は儲かるぞ、と浮足立っていた。普通なら日がたつにつれて客足が減るのだが。彼はいつも通り高らかに喇叭を吹き鳴らした。

 “壊れ舌”たちは歌った――彼らが新しく覚えた歌、彼らが聴いた悲しみ、嘆き、苦しみ、恐れ、無念、怒り、後悔、喪失――泣き声。それは喇叭よりも、教会の鐘よりも朗々と響き渡った。その音は地上のものとは思われないほど美しく、痛烈に町人たちを打ちのめした。人々は頭を抱え、地面に崩れ落ち、うめき声をあげた。


 “壊れ舌”たちは喇叭吹きを囲い込んだ。喇叭吹きは後ずさりしたが無駄なあがきだった。彼らはどんどん近づいてきた。喇叭吹きの耳から血が流れだした。

 “壊れ舌”たちは歌うのをやめ、歯をむき出し、カチカチと鳴らしながら喇叭吹きに詰め寄った。喇叭吹きがふらふらになって地面に倒れると、“壊れ舌”たちは彼を石や棒でめった打ちにして殺した。

 喇叭吹きは豚の餌になった。


 “壊れ舌”たちは歯をむき出して笑うことも、歯をカチカチと鳴らすこともなくなった。彼らは歌ったが、もはや彼らをまとめあげる者もなく、好き勝手に声を張り上げ、てんでばらばらに跳ね回っていた。彼らの声は美しかったにもかかわらず、互いに混ざり合わない音たちは聴く者に獣の遠吠えを連想させた。彼らは獣のようにものを壊し、食べ物を盗んだ。

 町の人々は“壊れ舌”たちと何とかして話をつけようとしたが、彼らはいかなる言葉も理解しなかった――少なくともそんなそぶりは見せなかった。困り果てた――そして彼らを恐ろしく思った人々は相談した末に、彼らを捕まえて殺してしまった。



 すべての“壊れ舌”が捕まったわけではなかった。何人かは逃げのびて、方々で歌を歌って施しを受けているという。そしてそのうちの一人は――話すことはできなかったが――言葉を理解し、王さまの宮殿で歌手としてその短い生涯を全うしたという。

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