第18話

「……ソウ、スケくん?」

 涙が零れた数秒後。

 未羽は目を小さく開けてすぐ元気なさげに首をかしげた。

 起き抜けのせいで未羽はぼんやりとした顔をしている。

「お、おはよう」

「おはようございますぅ~」

 半目のままに、未羽は間の抜けた声を漏らす。

「どうして……奏佑くんが私の部屋に?」

 続けて俺がここにいる理由を尋ねる。

 未羽は、どうやらまだ夢の中にいるらしい。

 こんな間抜けな未羽を今まで見たことがないかもしれない。とても新鮮に感じてもう少し見ていたいけれど、ここはやっぱり今の状況を教えてやった方がいいかな。

 クラスメートが集まる窓側に指で合図をすると、未羽は「ん?」と俺の指す方向を向く。

「あれ? ここ、教室?」

 ついに現実を理解したらしく、目を大きく開いた。

「私、もしかして寝てた? 教室で?」

「ああ、寝てたよ」

「何分くらい?」

「それは知らないよ。教室に入ったらテーブルの上に未羽がうつ伏せていた」

「そんなに寝てたの!」

 未羽は顔を赤く染めて、照れ隠しに机に顔を伏せた。

「どうして起こしてくれなかったのよ!?」

「それは……」

 言葉が途切れた。

 起こさなかったのは特に大した理由なんてない。

 最初はただ見惚れただけで。

 その後未羽が涙を零したのに気づいて、彼女を起こすタイミングを見逃した。

 見惚れたなんてもちろん未羽に言えるわけがないし、泣いていたからと真実を教えていいのかに迷いもある。

「もうちょっと未羽の寝顔を見たかったかな」

 言葉を選んでなんとか場を取り繕おうとしたら、結果的に見惚れたのに近いものを言ってしまった。

 未羽は気にする様子がなく、まだしょんぼりとしている。

「本当はイタズラするつもりでしょ~写真とか撮ってないよね」

「撮ったとしたら未羽に送っといたよ」

「え? まさか本当に撮ったの?」

「だから撮ってないって」

「もうっ!」

 未羽にしては珍しく口を尖らせた。

 まだ俺のことを信じていないようで、未羽は呆れた目でじっと俺を見つめてくる。なぜか目を逸らしたら負けてしまう気がして、俺もじっと見返す。

 それから数秒が経ち、未羽は急にふふふとはにかむ。

 指を組んだ未羽は顔を俯き加減にして上目遣いでゆっくりと言葉を続ける。

「……なんだか、よかったね」

「え?」

「てっきり、もう二度と奏佑くんと会話できないかなって」

「……」

「でもまたこうして、奏佑くんと話せるんだなって」

「……未羽」

「私、すごく嬉しい」

 濡れた未羽の目から、また涙が零れそうになる。

 つられて俺の目も潤む。

 未羽に嫌われたかな。と、あの日から心配していた。

 どうやって未羽と接するか。と、自分を悩ませてあれこれ考えていた。

 だから、二人の気持ちが同じだったのを知って、その嬉しさを隠しきれそうにない。

 そして、それと同じぐらいに後ろめたさを感じた。

 メッセージして謝ったけれど、やっぱり面と向かって謝らなければならない。

「あの日、悪かったな。未羽の気持ちをちゃんと考えなくて」

「ううん、私こそごめんなさい」

 なぜか逆に俺が謝られた。

「私ね、あの日からずっと心配してたの。もうこのまま奏佑くんと友達でいられなくなったらどうしようって。話しかけても無視されるか、とても不安で」

 未羽は目じりをこすり、再び言葉を紡ぐ。

「さっきね、起きたら奏佑くんがすぐそばにいて、私夢の中でいるかなと思って、嬉しかったの」

 言葉を通じて、未羽の気持ちは俺にちゃんと伝わった。

 必死に言葉を絞り出す彼女を見て、俺も自分の気持ちを未羽に伝えなければならない。

 このチャンスを見逃せば、もう未羽と今までの関係を保つことができない気がしたから。

「俺は、未羽から離れたりしないよ」

「え?」

「これからも俺の友達でいてほしい」

「……」

 俺の言葉を聞いて、未羽はただ顔を俯く。

 自分なりに上手いことを言ったと思うのに、未羽はなかなか返事してくれない。

 もしかしてドン引きさせた?

 それから数秒が経ち、未羽はようやく顔を上げる。

「……うん!」

 声と共に、泣き顔は満面の笑みに変わる。

 よかった。俺の気持ちがちゃんと伝わって。


「おいおい、あいつらまたイチャイチャしやがってんだぞ」

「本当は隠れて付き合ってるんじゃない?」

 予鈴が鳴り始めたこともあって、俺と未羽はからかってくるクラスメートを無視した。

 笑顔を貼りつけた未羽に微笑み、俺は黒板に振り向く。

 これで未羽の件は一段落つくだろう。

 恋人になれなくても、友達でいられる。

 それに、未羽は自分の好きな相手とまだ付き合っていないようだし、俺にはまだチャンスが残っているだろう。

 そう考えながら、俺は授業の準備にリュックからノートを取り出した。

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