第14話

「フフーん~あたし、ついきちゃった!」

「何しにきたんだよ。自分の部屋に帰れ」

 ジト目をして、視線で澄美を促す。

 言うまでもなく、俺の言葉なんかを聞いてくれるはずがない。胸元の開いたキャミソールに着がえた彼女は、自分の枕を抱えながらにこにこと笑う。

 なぜかきたのか? 一応、その答えに心当たりが二つあるけれど。

 一つ目は、俺のスマホを狙うことだ。

「携帯見せてもらおう~」

「おい、俺のプライバシーだぞ」

 さっそく図星だ。

 スマホを奪おうと伸ばした澄美の手から、俺は一足早く手に取って後ろに隠れた。

 危ないところだった。

 澄美はすでにバスワードを知っている。その上、スマホに自分の指紋を登録しているのだ。つまり、もし澄美に奪われたら彼女のやりたい放題というわけだ。

 別にスマホに変なアプリを入れているわけではない。怪しい写真も保存していない。あったとしても、ライングループでクラスの男子が、送ってくるちょっぴり露出度を上げた健康的で爽やかなやつだ。

 とにかく、俺は澄美にスマホを見せたくないのだ。

「ちぇっ、あたしのかわいい写真を待ち受けにしてあげたかったのに」

 そう。一度スマホを取られたら、待ち受けは必ず澄美の自撮り写真になってしまうのだ。そのようなことは昔に何度もあった。俺が知らないうちにスマホを取り、勝手に自撮りして待ち受け画面にする。いつもこのパターン。

 それだけならまだマシな方だ。以前に一度未羽に待ち受けを見られてしまい、澄美が俺の彼女だと間違いされていた。その誤解を解くのが本当に大変だった。

 数えたことはないけれど、多分百回以上「やめろ」と澄美に言ったはずなのに、彼女は「はいはい」と聞き流して反省する気は全くない。

 そんなわがままな彼女を、俺は今警戒している最中だ。油断したらスマホを奪われてしまうからだ。

 澄美は拗ねるように頬を膨らませている。左手は枕を抱えたままだが、ベッドの上に置いた右手は少しずつ近づいてくる。

 また何かを企んでいるだろう。俺はスマホを手で覆いながらもう一つの手で防御態勢を取る。

 そして……。

「むーっ」

 むっとした声が出ると同時に、澄美は自分の細長い人差し指でつついてきた。目標になったのは俺の腰。一回、二回、三回。つんつんとつつくごとに手のスピードが上がっていく。彼女の膨れっ面もどんどん丸くなっていく。もうそれ以上に大きくはならない。

 他人からすれば多分かわいく思える仕草。しかし俺には通じない。むしろ少しだけあざといと思うのだ。

「拗ねても携帯は見せないぞ」

「もういいのよ。奏佑が嫌なら」

 どうやら携帯は諦めたようだ。いつもは怒られても反省しないのに、いきなりおとなしくなったということは、つまりほかに目標があるのだ。

「だったら、さっさと俺の部屋から出ろよ」

「いや」

「なに拗ねてるんだよ」

「知ってるでしょ。あたしがここに来た理由」

 そう、彼女に言われなくてもその理由を俺は知っている。

 澄美が俺の部屋にきた二つ目の理由、それは先ほど由美さんとの会話を訊き出すだめ。ズバリやきもちだ。

 女特有の嫉妬しっとしん競争きょうそうしんというやつか。なぜ澄美が由美さんにやきもちをやくのか俺にはわからない。そもそも、俺にそんなことを澄美に報告する義務はない。

 ……が。

「むぅぅぅぅ」

 それから澄美からのツンツン攻撃は一度も止まらなかった。頬もずっと膨らませていた。途中で風船のように空気が漏れて一時萎んだが、すぐまた膨れっ面を見せた。

「わかった。わかったよ。話せばいいだろ。話せば」

 澄美のおねだりに応じなければきりがない。経験上知っているので俺は折れるしかなかった。

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