第8話

 俺は捨て子だった。

 生まれた時から片親で、四歳までは母と共に暮らしていた。

 そう、四歳までは……

 何の前触れもなく松倉まつくら家に預けられたのは、確か俺の誕生日だった。

 あの頃の俺は未だに単純な子供だ。母の姿が消え去っていったのをちゃんと目で捉えたのに、その時俺はただ首をかしげていて何も気づかなかった。

 気づいたのはもう何時間後のことだ。時間が流れていくにつれ、俺はますます心配になってきた。母はもう帰ってこないの? と考え込み始めた。

 俺は待つしかできなかった。何分待っても何時間待っても母の姿が戻ってこなかった。そこで俺はようやく気づいた。自分が捨て子だと。

 松倉家にはメンバー三人いた。数年前に他界したおじさんの哲也てつやさんに、いつも面倒を見てくれているおばさんの由美ゆみさん。そして、俺のことをおもちゃ扱いしている姉の澄美。

 今にしても捨てられた理由なんて俺には分からない。誰も教えてくれない。訊いてみても「すべてはソウくんのためだよ」と由美さんはそれしか教えてくれなかった。

 松倉家の三人は優しい人だ。捨てられた事実を受け入れず心を閉ざしていた俺に時間をかけて、優しく接してくれた。俺のことを一人の家族として受け入れてくれた。もともと断れない性格のせいか、俺は間もなく意地を張るのをやめてしまった。

 そんなよそ者の俺を居候させてくれた彼らに、俺は常に感謝の気持ちを抱いている。いつか必ず恩返しすると心の中で勝手に決めた。

 しかし一つだけは忘れてはいけない。松倉家とは本物の家族ではないということを。

 彼らは必要以上に気を遣っている。特に由美さんは溺愛するほど過保護だ。今まで彼女に叱られたことなんて一度もない。

 澄美にはとても厳しいのに。

 苗字が違うし、血も繋がっていない。その上、彼らとの間に目に見えない隔たりができている。俺の知る限りではそんなの決して家族ではない。

 偽物と本物の間にはどうにも乗り越えない壁がある。

 そんなバカで愚かなこだわりを心に抱きながら、俺は松倉家で新しい生活を無難に送っていた。そして、初めて和音のことを知ったのは八年前のことだ。




 晩御飯を終えた後、由美さんの隣に俺は食器洗いの手伝いをしながら学校生活について話していた。おしゃべりが一旦終わり、由美さんは少し戸惑い気味に新しい話題に入る。

「……あのさ」

「なんですか、由美さん」

「ソウくんはきょうだいってどう思う?」

「お姉さんのことですか? ちょっとわがままですが好きです」

「二人は仲良しで何よりだわ。でもちょっと違うの。もし妹や弟がいたらどう思うって」

「え? 由美さん子供できたんですか? おめでとうございます!」

「いや、そうじゃなくて。ただソウくんの意見は大事だなあと思って」

「作ってくれるんですか!?」

「ま、まあ。時が来れば……。で、好きなの? 嫌いなの?」

「そうですね。好きは好きですけどお姉さんみたいな子もがもう一人いれば困りますし……」

「じゃ、もしソウくんには妹がいるって言ったらうれしい?」

「うれしいかな。すみませんはっきり分からなくて……」

「ううん、いきなり聞かれても困っちゃうよね。でも由美さんの言うこと、ちゃんと聞いてほしいの」

 由美さんは俺と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。そしてとても優しい手付きで俺の頭を撫でる。

「実はね、ソウくんに妹がいたの」

「え?」

「澄美の妹じゃなくてソウくんだけの妹なんだよ」

「……」

「それでね、多分嫌がらせてしまうけれど、その子もソウくんと同じく秋穂あきほの子」

「……母の?」

「無理はしないけど、一度妹に会ってみない?」

 俺はしばらく考え込んでいた。

 母のことがとても嫌いだ。大嫌い。だけど、妹はこのどうしようもない気持ちに関係ない。その会ったことのない妹を俺はどう思うなんて一度会ってみなければ分るはずがない。

「うん、分かった。会ってみます」

 だから俺は頷いた。

 分からないのなら一度会ってみればいい。

 それに、ほんの少し嬉しいと思った。自分に本物の家族いるって初めて知ったから。

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