第2話

 十分後、藤村はバスケの練習をするため、体育館へと向かった。教室に残されたのは俺と未羽、そしてクラスの隅っこにいる三人の女子グループ。どうやら勉強会を開いているらしい。

「わたしたちも戻ろう?」

 時間は四時過ぎ、外から部活の掛け声が微かに聞こえる。俺と未羽はいつもこのタイミングで下校するのだ。

「ちょうど寄りたいお店あるし」

 その際、一緒に寄り道をして駅の辺りや商店街などをぶらぶらする。まあ、基本的に未羽が寄りたい場所だが……。

「わるい、これからは生徒会の仕事があってさ……」

 残念ながら、今日は時間取れない。先約が入っていたから。

「そっか、最近結構忙しいよね、生徒会って」

「まあ、十月はイベント多いしな」

 球技大会とかハロウィンパーティーとか。そんな多くのイベントを盛大に盛り上げるのは生徒会の役目の一つ。

 そして、十一月には生徒会の引き継ぎ式がある。新役員たちがうまく引き継げるように、彼らへの指導は今絶賛進行中。

「だから、未羽は暗くなる前に先に帰りなよ」

「ううん、私は待つから」

「ええ、また待つのか?」

「うん、待つよ」

 生徒会に入ってからは、時折帰りが遅くなる。特にこの二週間は一日おきくらいに下校時間を遅らせていた。そのせいで、部活に参加していない未羽と一緒に下校するのもできなくなったはずだ。

 しかし、初めて生徒会の用事で下校時間を遅らせた日に未羽は昇降口で待ち伏せていた。さすがにすれ違う恐れがあるから、一緒に下校したいのなら先に教えてくれ、と俺は伝えておいた。

「今日は、ダメ?」

「ダメっていうわけじゃないけどさ……」

 結局、その後は用事あるかどうかにかかわらず、いつも共に下校することになったわけ。

「いつも待たせてばかりで、なんか悪い気分だよ」

「いいのよ。私が待ちたいから」

「ほんとに寄り道好きなんだね」

「それは……ちょっと違うかな?」

 半疑問形で未羽は煮え切らない返事をした。体を揺らしたり、指を組んだり、目を泳がせたり、いきなり身振り手振りが多くなったように見える。

 ……そして何秒後。

「多分さ……」

「……」

「……奏佑くんと一緒にいられる時間があまり残されてないから」

「……」

 ……俺はその理由を分かった気がする。

「もう! 何か言ってよ」

「あ、ごめん」

 あまりの驚きに俺は言葉に詰まってしまった。いや、驚くというより恐らく嬉しいという言葉が今の気持ちに近いだろう。

 そっか、そうだったのか。

 今のもやもやとした気持ちは俺だけのものじゃない。少なくとも未羽は同じ気持ちを抱えている。多分全国の高校三年生も同じなのだろう。

 それだけが分かればなんとなく安堵した。安堵していいものかは別の話だけど。


「ああ~もう~これじゃ勉強できないわよ! 笹森さん、秋林さん!」

「あんたはもともと勉強できないから、人のせいにすんなよ」

「それあなたが言うの? ほら、二人の邪魔をしてないで勉強に集中して」

「って、痛いって!」

「本で頭を叩くな! ほんとにバカになっちゃうから!」


 勉強中の三人組に苦笑した後、俺はまた未羽に向けた。

「来月になれば、俺たちも勉強会開こうか? 生徒会も退任してるしな」

「うん、それいいと思う。」

 未羽は嬉しそうに答えた。親睦を深めながら、学力を上げる。それが勉強会の魅力。少し考えるだけでワクワクする。

 ただ……。

「その時、俺は進路を決めてるのかな」

「あはは、それは決めて……で、奏佑くん、あそこ」

 何かに気ついたようで未羽はドアの方向に目を留めた。俺も彼女の視線につき、そこにある女子が佇んでいた。

 腕組しながら不機嫌オーラを漂わせてくる。それは間違いなく生徒会長の姿だ。

「やべ、もうこんな時間」

 恐らく今日の生徒会会議に遅刻している俺を捕まえに来ただろう。

 そこで未羽と小声でつぶやき始めた。

「ちゃんと謝れば許してもらいそう?」

「……どうかな」

「じゃ私が謝る?」

「それはいい」

 未羽は多分俺の時間を取ってしまったと思い、自ら謝ろうと思った。

 ただそれは違う。悪いのは時間を守れなかった自分だ。

「じゃ俺は行ってくる。待ち合わせ場所はいつもので」

「分かった。今日は一時間くらい済ませそう?」

「ああ、また後で」

 と返事して俺はドアの方に向かう。そんな時に、

「仕事頑張って、副会長さん」

 と未羽は甘い声で応援してくれた。

 なんだか、応援されただけでやる気が出てきたな。

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