第97話 ――浄霊


鈴木「(俺は、なんとか笹島さんが脱ぎ捨てた洋服を回収すると、笹島さんに手渡した。)」


夏メ「ウジ虫どもめっ! 誰一人として、逃がしはしませっん!」


鈴木「(雪女の標的が、動けなくなっている犬神から明彩と笹島さんに向けられた。)――ちょっと待った! 俺を忘れてもらっちゃ困るぜ。妖魔は使えなくても、度胸は1人前! いいや、3人前! 美少女と縫いぐるみに戦わせて、男の俺がこそこそ隠れてるって訳にはいかないだろ。まじで、そんな奴がいたら、親の顔が見てみたいね。多分人様に見せられるような顔じゃないことは、間違いないだろうけどよ。」


夏メ「では、先に殺してあげまっす!」


――

――――――バキッ!

――――――バキッ!

――――――バキッ!


鈴木「(氷の固まりが飛んでくる。ダッシュで交わしたが、次々と容赦ない。笹島さんが服を着る時間くらいは稼げたみたいだけど……。)」


犬神「ごっほん。お遊びは、ここまでにしておきましょう。」


明彩「……っ………………?」


鈴木「(明彩と笹島さんは逃げる足を止め、振り返った。)」


犬神「私は憑き物。憑依する神様、それをお忘れなく。」


鈴木「(犬神様のハッタリか? それとも、足が凍りついて身動きが取れなくなったせいで、血迷ったか?)」


犬神「では、全てを終わらせてあげましょう。」


夏メ「つべこべと、うるさいでっす! 全身凍らせてあげまっす!」


鈴木「(雪女はエネルギーを一定期間貯め、強烈な一撃を放った。)」


――その刹那――――


鈴木「(犬神様の姿は煙となり――、ふわふわと浮かび上がると、するするっと夏メの耳の穴へと入って行った。)」


明彩「……っす、すごぃ。」


鈴木「(お前が腰を抜かしてどうする。あれか……、あいつ自身も犬神様の力を知らなかった訳だな……。犬神様が体内に入った効果は抜群のようで、夏メは倒れ込むと、両手で胸を押さえながら苦しんでいる。やがてワンワンと鳴き始めた。もう化け物というよりは、犬化していた。鬼熊と雪女は紙に戻り、涼葉さんが傷口を抑えながら、俺のところまでふらふらと歩いてくる。)……ごめんな、一人で戦わせて。」


涼葉「妖怪退治は、私の仕事。情けない結果に、反省してる。」


鈴木「いや、涼葉さんはよく戦ってくれた。ありがとう。それにしても、犬神様の力はすげぇな。」


涼葉「明彩の妖魔が無敵と言われる所以は、これ。使い方次第では、最強。」


明彩「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ夏メさんは成仏してないんだからね。あのぉ、笹島さん。最後に確認だけど、本当にこのまま夏メさんを成仏させてもいい!? 強制はしないけど、この犬の状態じゃ、長くは生きられないから……。」


笹島「・・・成仏させてください、お願いします。」


明彩「うん、分かったわ!」


鈴木「(明彩が、手のひらを夏メに向けた――。)」


明彩「――浄霊。」


鈴木「(その言葉の通り、夏メの体は消滅し、小さな光の玉だけが浮かび上がった。あれは、おそらく夏メさんの魂だ。ゆっくりと笹島さんに向かって飛んでいく。)危険だったりしないのか?」


涼葉「大丈夫。悪い妖魔は感じない。」


鈴木「なら安心か。(夏メの魂は、笹島さんの顔の前で、ペコリと頭を下げたように見えた。それから、唇にキスをするように、ちょこんと触れた。)」


明彩「笹島さんに謝っているのよ。」


鈴木「分かるのか?」


明彩「ううん、分からないわ。けど、なんとなくね。」


鈴木「そっか。これで良かったのだろう。(夏メさんの魂は、ふわふわと飛んで、ある床の上を数回、コンコンコン。と、ノックするような動きを見せた。それに合わせて、笹島さんが声を出した。)」


笹島「……ここほれ、わんわん。」


鈴木「(俺達には、全くそんな風には、聞こえなかったというか、見えなかった。けれど笹島さんには、何か通じ合うものがあるのだろう。血の繋がったご先祖様だと思えば、それも納得ができた。」


笹島「夏メ蒼石さん、さようなら。成仏してくださいね。」


鈴木「(魂が空へと消えていく。俺達は、静かに両手を合わせて見送った。)」


笹島「……………………みなさん、本当にありがとうございました……。」


鈴木「(そう言うと、笹島さんは何かをぐっと堪えたように俯いた。その視線に俺はどうすることも出来なかった。)」


……

………………

………………………………


明彩「……泣きたい時は、泣いてもいいよ。」


鈴木「(明彩の優しい声に、笹島さんの涙は一気に溢れ出た。)」


………………

………………………………

………………………………………………………………


笹島「……私がここに来なければ、夏メさんは死ななかった……。私のせいで、夏メさんはもう小説が書けない。私のせいで、みんなを巻き込んでしまった……。全部全部、私のせいなんです。」


明彩「……。」


涼葉「……。」


鈴木「……それは、違うだろ。笹島さんが夏メ蒼石さんを救った。夏メ蒼石は、ずっとここで助けに来てくれる人を待っていた。」


笹島「……。」


鈴木「俺達は巻き込まれたなんて、これっぽっちも思ってないぜ。同じ図書委員として、思いっきり合宿を楽しませてもらってます。若干一名は、ずっと気を失ってるけどな。」


笹島「……でも……、」


鈴木「――でもとか、そう言うのは、なし! それに笹島さんに涙は似合わないよ。だから、顔を上げて、まっすぐに前を向いて、笑ってくれよな。」


笹島「鈴木くん、ありがとう――――。あはは。」


鈴木「(笹島さんは、涙を拭きながら、笑った。その周りには、淡い光が輝いているように見えた。)」

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