第7話 遠足1

どうも。久礼田雄二です。

GWも終わり、俺たちはまたいつもの日常に戻っていた。

普段なら連休明けは皆気が重くて億劫になっているはずだが、今回に限ってはそうではない。

翌日に控え遠足である。これにより依然として生徒たちはどこか活気に溢れていた。

しかし、一つだけ変わった点がある。それは俺たち四人の関係性だ。

そうは言っても俺たちが大きく変わったわけではない。変わったのはただ一人、黒田である。

去年ほどではないが、元気を取り戻したようだ。

最近では時々笑顔も垣間見える。しかし以前の笑顔とはどこか違う感じがする。

何というか、屈託のない笑顔というのか?ああいうの。

去年ぼっちだった俺が、なぜ彼女のことをこんなに知っているのか疑問に思われる方も多いであろう。

理由は簡単である。いつも見ていたからだ。

ちなみに暇だからでは断じてない。これは俺の義務なのだ。

俺はずっとウォッチングしていた。黒田や義也のグループを。

あそこのグループは本当に見ていて飽きなかった。

全員が見事に気持ち悪かったので、それが組み合わさって最悪なハーモニーを奏でていた。

特に面白かったのが義也である。こいつは特に傑作だった。

上っ面だけの笑顔でいつもヘラヘラして、全然目が笑っていない。多分これ俺以外にもバレてるだろってレベル。

言葉の上では周りと同調しているが、いつも俯瞰して冷めていて、心の中で何かを謀っていそうなくせをして、なんだかんだでその関係に縋っている様は滑稽でしかなかった。

そんなあいつが抱えているものを垣間見た気がしたのがあの事件である。

俺はあれを目の当たりにした後、なぜか義也に話しかけずにはいられなかったのだ。

そのようなことを回顧していると、いつものように全員が集まっていた。

「今日宿題あったの?どーすんのよやってないし私。ちょっと二条お願いがあるんだけど。」

「なんだよ。今からじゃ写す時間ねぇぞ。」

「いやそうじゃなくて、ノート交換して。」「荒技すぎるだろそれは。」

最近、義也が弄られキャラとして盤石の地位を築き始めている気がする。

まぁこいつは反応が良いので弄りたい気持ちはよくわかるのだが。

しかし黒田は本当に変わった。

能登ともうまくやっているようだ。最初はそっけない感じだったので少し心配したが。

特に変わったのは義也との関係性であろう。

黒田は義也の前では特に楽しそうにしている。正直人格変わってるレベル。てか一人称変わってるし。

どちらが本当の黒田かはわからない。いや、どっちだってそうか。

そんなものを考えるのは不毛であるとわかっている。

しかし、義也の前では特に生き生きしているのは確かである。

あの日にやはり何かあったのだろう。面倒なので詮索はしないが。

そうこうしているうちに、中居が教室に入ってきた。授業が始まるようだ。

それぞれが席に戻る瞬間、能登が俺に耳打ちをした。

「久礼田くん、あとでちょっといいかな。」


「ごめんね昼休みに呼んじゃって。大丈夫?」

「あぁ大丈夫大丈夫。俺がいなくなっても義也がぼっちになるくらいだし。」

「それは笑っていいのかな、、、。」

それにしてもどうしたんだろうか。彼女の様子を見るに、どうやら訳ありのようだ。

「あのね、すごく言いにくいんだけど、、、。」「?」

彼女は意を決した表情でこう紡いだ。

「私さ、二条くんのこと好きなんだ。」「いや知ってるけど。」「え、えぇ?!なんで?!」

「だって能登、普段めっちゃ義也のこと見てるだろ。てかガン見しすぎまであるぞ。隠してたつもりか?」「う、うぅ、、、。」

こいつまじか。あれを無意識にやってたとは。この子あれだろ。アホの子だろ。

ラチがあかないので、俺は能登を煽った。

「それで?俺になんでそれを言ったん?」

「それなんだけど、私遠足で二条くんに告白しようと思ってるんだ。だからその手伝いをしてくれないかと思って、、、あでも何かしてもらうってよりはその状況を作って欲しいっていうかなんというか、、、」

成る程そういうことか。それならば俺が適任であろう。

「おぉ。やるじゃねーか。そんなことなら全然いいぞ。俺が黒田を連れてはければいいんだろ。」

「ほんと?!ありがとう!助かったよ、、、。」

能登は目に見えてほっと胸をなでおろした。胸がでかいから視覚的に明瞭であった。

「じゃ、当日は俺がうまくやるから任せとけ。能登は心構えだけよろしくな。応援してるぞ!」

「う、うん、、、ほんとごめんね色々と。」

彼女はいつものように、申し訳なさそうな様子で下を向いていた。

「いいって全然。あ、それと差し支えなかったら教えて欲しいんだけどさ、なんでこの遠足で告るんだ?もうちょっとしてからでも良さそうな気はするが。」

俺は素朴な疑問をぶつけた。単純に気になってしまったのだ。

言いたくはないが、正直今告白しても成功する可能性はあまり高くない気がしたから。

「そうだよね。でも、、、なんというか、今じゃないとダメだと思ったの、今じゃないと、、、ダメになると思った。」

「ふーん、そうか。まぁがんばれよな。タイミングとかは現地で状況見て決めるか。」

「そうだね、ありがとう。」

彼女の言いたいことはなんとなくわかる。多分彼女が危惧してるのは黒田の存在であろう。

あいつらの最近の仲はどこか変だ。なんというか、少しお互いを意識している感じがする。

特に義也はたまにマジでキョドッている。童貞を拗らせすぎていて、最早憐れみを感じることも度々ある。

あれはキモいと言わざるを得ない。そういう人なのかと思っちゃうほどである。

黒田は気づいていないが、俺たちはボーリングの日にあいつらに何かがあったことを知っている。その詳細は知らないが。

義也の動揺の仕方を見るに、関係に何か変化があったのだろうと大体想像つく。

さしずめ黒田に好意を伝えられでもしたか?まぁそんなところであろう。

いずれにせよ、俺がやることは変わらない。彼女がそれを望んでいるのだ。

「じゃ教室戻ろうぜ。義也が泣いてる頃だろうし。」「うん、そうだね。」

言いたいことがなくもないが、これは彼女も色々と考えての決断なのだろう。

遠足が終わった後、俺たちは今のままでいられるのだろうか。

いや、多分その確率は低いであろう。

正直俺は今の関係性に居心地の良さを感じていたので少し残念ではある。

しかし、それが彼女の決断なら止める権利など俺にはない。

彼女が彼女なりに悩んで出した結論なのだから、それを咎めることなどできないはずだ。

俺たちは今のままではいられない。今じゃなくてもいつかそうなる。

だから俺は尊重しなければならない。彼女が今を全力で生き抜こうとする勇気を。

余談だが、教室へ戻ると義也はマジで半泣きであった。



こにゃにゃちわ。二条です。

春も佳境に入り、暖かな陽気を感じるような日が少し増えてきた。

かく言う今日も専らそれに該当するだろう。清々しいほどの遠足日和である。

俺は朝から独り電車に揺られていた。

正直のところ、俺もちょっぴり楽しみであった。少しも心が踊っていないかと言われると嘘になる。

しかし、一つだけわだかまりが残っている。

それは彼女、黒田のことだ。

俺は先日彼女に告白された。

あれからずっとあの言葉を自分の中で反芻している。

正直今日まで他のことなど考えられなかった。

あいつに話しかけられるとなぜか構えてしまう俺がいる。

以前は気にならなかった一挙一動に目を惹かれてしまう。とにかくどうにかなってしまいそうだったのだ。

なんだか考えすぎるうちに、あれは本心からの言葉だったのか、ともすら思い始めた。

本当は俺の勘違いか何かでないか、そのようにすら本当に感じられる。

なぜなら、相手はこの俺なんだぞ。

俺を好きになるやつなんか本当に存在するのであろうか。そうなる理由を俺は全然思いつかない。

顔はちょっといいかも知れないが、というかまぁまぁいいが、そんなものは先天的なものだ。

今の彼女がそんなことで人に好意を抱くことはないのだろう。そんなことは俺だって分かる。

本当の俺は性格も悪いし捻くれているし、特技だって別にない。強いて言えばボーリングくらいだが、それもどうやら長所とはなり得ないらしいということを先日実感したばかりだ。

俺はよくよく考えると、褒められたところなど何もないのではないか。

男らしくだってないだろう。その意味すら正直わからない。

自分や他人の心については少し考え過ぎなくらいだが、それだって結局はいつも一人でがんじがらめになってばかりなだけじゃないのか。

一人亀甲縛りのようなものだ。俺の性癖は結構エグいのかも知れない。

考えてみると、俺は人の心ばかり気にして、表面的なものを蔑ろにしてしまっていたようだ。

そのようなものを悪としていたのは自分だが、それは生きていく上で必要なものに決まっている。

誰だって人の心なんてものは結局わからないのだ。時々その一部分が薄ぼんやりと垣間見えるだけなのだ。

本来それは、俺たちが一朝一夕で分かるほど単純なものではない。

もっと複雑で、混沌としたものなのだろう。そこには論理的整合性などあるようで全然ない。

だから皆取り繕う。視覚的に明瞭になるようインスタントに纏うのだ。

そんなことは普通だ。俺だってする。俺なんか南極調査隊並みの厚着である。

皆がそうやって、箝口令のように言わないようにして気づかないふりをしているだけで、自分の身近なもの全てが混沌であるなんて、そんなことがあれば恐ろしくてもう以前のようにはいられないはずだ。

また考えすぎていた。いつもと同じ、底なし沼にはまってゆく感覚だ。

マジでどうにかなんないのこれ。杞憂になったらどれほどに楽であろうか。

しかし看過せずにはいられない。ともすれば俺は社会不適合者なのかも知れない。

しかし、彼女の本心はどうであれ俺はそれに答えなければならない。

心を晒すというのは俺にとってはとても勇気がいることで、もしそれがどういう形であれ報われないなんてことはあってはならないはずなのだ。

俺だって人を好きになったことがあったはずだ。

しかしそれに向き合うのは本当に面倒だし怖い。だから、それをそもそもないものとしてしまう事を何度繰り返してきたであろうか。俺は特にそうかもしれない。

恋は病とは言い得て妙である。しかしそれはこれまで一過性のものであったはずなのだが、此度はどうやらそうではないらしい。

というかそうしなければ俺が死んでしまいそうなのだ。シコシコしてる時さえ頭の片隅にはあいつがいるのだから。

別にあいつで抜いているわけではないのに、謎の罪悪感に苛まれてしまう。

人間この時間まで犯されたらもう我慢ならなくなってしまうものである。今の俺がそうだ。

まどろっこしいと思われてしまうかも知れないが、これに関しては絶対に俺だけの責任ではないはずだ。

だって急すぎるんだよ本当に。しかもこんなに重大な話を、である。なんなのあの子?わざとなの?

整理が全く追いついていない。それなのにあいつは何もなかったかのように俺の前に現れる。

俺の気も知らないで、である。あいつはいつも畳み掛けてくるのだ。

すでにマウントを取られているのにボコ殴りである。あなた総合格闘技の選手ですか?

あいつは悪魔のような女だ。いかにも掌の上で弄ばれている感覚である。

俺はどうやら負の感情以外には少し疎いようだ。

だからあいつの考えていることが途端にわからなくなってしまった。

だから尻込みしてしまっている。

肥大した猜疑心が善良な思考の邪魔をしている。ただそれに答えるだけだというのに。

だから今回の遠足は気分転換に最適であった。

家の中にはとても居られなかった。外の空気を吸わなければ、気が病んでしまいそうなのだ。

GWだってずっと近所をうろうろ散歩していた。しかもブツブツと呟きながらである。

よく考えたらああいうものを不審者というのではないか?俺、不審者でした。

通報されなくてよかった、、、。俺は思った以上に童貞を拗らせているようだ。

お陰でGWを見事に全消しされてしまった。

プロのぷよらー並みの全消しである。マジで俺の安寧を返せ。

そのような事を考えていると、俺を乗せた電車は目的地の京都河原町駅に到着していた。

現地集合だったので、直接向かったというわけである。

そこから10分ほどかけて集合場所に足を運ぶと、既にそこには多くの生徒が俺より先に集まっていた。

その中を探っていると、見たことがある背中を発見した。

その上方には、俺が最近ずっと反芻していた顔がくっついていた。

「あぁ、あんたか。うんこだと思った。」「どこがどう似ているのか説明してくれ。」

てかうんことかいうんじゃねぇよ。こいつほんとに俺のこと好きなの?

好きな人の前でうんことか言わないよ普通。こいつは普通じゃないから仕方がないか。

とはいえ、こんな女を俺は今でもひどく意識してしまっている。

自分でもおかしな話だが、こいつと過ごしている時間はどこか心地がいい。

久礼田といる時とはまた別の、不思議な感覚である。

こういうものを相性がいいと言うのであろうか。異性にこんな事を思ったことがないのでこれの正体が全くわからないのだが。

俺は彼女と以前から少なからぬ交流はあったのだが、こんな感情を抱いたことはなかったはずだ。

彼女が変わったのもあるが、俺も変わっているのかもしれない。

思えば俺は以前まで、彼女を、彼女自身を見ようとはしていなかったのだろう。

そうであれば気づくはずもない。これからもずっと、そうなるはずだったのかもしれない。

他愛もない言葉を交わしていると、久礼田と能登さんが二人して合流してきた。

なんなのこいつらデキてんの?当てつけですかそうですか。

かくして俺たちは、未開の地、京都の観光へと出発するのであった。


よくわからない寺社仏閣をいくつかはしごして、俺たちは休憩所で八つ橋を貪っていた。

俺はこういう文化についてあまり造詣が深い方ではないので、正直全くと言っていいほど興味がなかった。

それぞれ名前くらいは知っているが、その所縁や風土など、そういう事を全く知らないのでボルテージが上がるようなポイントがそもそもないのだ。

もちろん前日に調べようとはしたのだが、そんな事を俺が実行するはずもなかった。

こういうものはいつも後回しにして、結局やらないという自体が俺の場合は頻発する。

本当に興味がある事を除いては、全然やる気が起きないのだ。無論必要に迫られたらちゃんとこなすが。

そう考えると、俺は曲がりなりにもバスケットボールが好きだったのかもしれない。

俺だって打算だけであそこにいたわけではない。

相手が誰であれ、やはり自分の居場所があるというのはどこか心地良いものなのだ。

しかし、驚いたのが黒田の反応である。

どうやらこいつはああいうものを好むらしい。一人だけ異様なテンションを発揮しており、正直こっちは振り回されて疲れた。

こういうことは前のグループではできなかったのであろう。

何かを拾うためには何かを捨てなければならないのだ。

てかこいつ「みてよ!建仁寺の風神雷神図屏風!すごくない!?ねぇ!?」ってそのテンション共有しようとしてんじゃねぇよ。その興奮が伝播することは絶対にないから。

てか露骨なギャップ見せんなドキッとしちゃうだろうが。

別の興奮生まれちゃうから。肩触んな肩。

というかこれに関しては流石に俺も教科書で何度も見たことがあるし、そういう感じのやつを見たら流石に多少はテンションの起伏もあるものであろうと予期していた。

なのだが、ここまで興味が湧かないとは正直予想だにもしなかった。

本当に微塵も嬉しくなんてない。多分他人の放尿を見ていた方が幾分かマシである。

ちなみに俺は他人の放尿を見たことがないし、そんな趣味も持ち合わせていないので、そこは勘違いのなきよう考慮されたい。

ひとしきり休憩を済ませて、最後の目的地である八阪神社へと向かおうとしたその時。

「あ、義也と由美じゃん。」「げ、、、奥本、、、。」

最悪な男と鉢合わせてしまった。頬に冷や汗が伝うのを感じた。

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