正義

カリスマギャル

第1話 プロローグ

それは遠い記憶。

その日は寒空の広がる冬日であった気がする。

学校から帰宅しリビングでくつろいでいると、一本の電話が鳴った。

面倒に思いながら出てみると、電話の向こうでは若い女性が泣きじゃくりながら、ごめんなさい、ごめんなさいと連呼している。

流石に不審に思い、どうしました、と問いただす。

すると急に、声の主が老けた男に変わった。

「申し訳ありません、二条さんのお宅で間違いないでしょうか。私は岩橋小学校の校長をしております、町田と申します。今回の件につきまして、私どもの至らぬばかりに本当に、本当に申し訳ございません。」

妹の通っている小学校の校長を名乗る男が、何やら大層な様子で謝っている。

「あの〜、二条で間違いないですけど、何があったんですか?」

「申し訳ありません、心してお聞きください。本日16時頃に、我が校に在学中の正子さんがーーーー」

男はその後も何やら喋っていた気がするが、それ以降の内容は、あまり覚えていない



「義也〜、まだ起きなくていいの〜〜〜?」

んあぁ、、、昨夜は漫画を読んでいた途中で記憶が途切れていた。

どうやら寝落ちしたようだ。

そういえば昨晩は、夢を見ていた。

またあの日の夢だ。

朝から気分が悪いというものだ。

何度忘れようとしても、脳裏に焼き付いて離れないあの日の記憶。

最近、とりわけ高頻度であの日の夢を見る気がする。

これは何かの前兆かと不安になったが、時計が指し示す時刻がその不安を一蹴した。

「おわっ!」

時刻は7時45分、いつも30分でアラームをかけているが、昨日消したのを忘れていた。遅刻濃厚である。

俺は急いで服を着替え、一階へと駆け下りた。

そこには見慣れた、母の後ろ姿があった。

「なんで起こしてくれないんだよ!?」

「えぇ〜?いつもの時間と変わらないんじゃない?」

「いつもより明らかに15分遅いじゃねーか!!!」

「15分しか変わらないじゃない。」

この女は学生の頃の記憶がないのか。

学生にとって、朝の15分の差異がどれほど人生を左右するものか、学生であったことがある者なら全員が感覚的に知っているはずである。

このままではラチがあかないので、話を切り上げて急いで支度をする。

ひとしきり済ませ、急いで家を出ようとすると、母さんが呼び止めてきた。

「義也、最近学校で何もない?楽しい?、、、大丈夫、、、?」

、、、またそれかよ、、、。

「大丈夫だから!急いでるから!じゃあ!」

そう言い捨て、俺は家を後にした。


母さんの過保護は今に始まった話ではないのだが、あの日を境にそれが明らかに極端なものとなっている。

実際、今月に入ってから、母さんに「大丈夫?」という言葉を問われた回数は実に20回を超える。

実に1日1回ペースである。こっちも気が滅入るというものだ。

母さんは学校にもたまに電話しているようで、教師からも心配がられることが多い。

正直かなり面倒だが、それで安心なら仕方がないというものだ。

実際、母さんはあのことについてかなり負い目を感じているようなので、俺がその二の舞になることを極端に恐れているのだろう。

しかし俺は、妹と違って父親の呪いを完全に制御しているので、今のところはモーマンタイである。

父親は生前ジャーナリストであったが、ヤバい事件に首を突っ込んで死んだらしい。

しかし実際は父親は普段あまり家に帰らなかったので、死んだ時も実感はそれほどなかったのだが。

しかし一つだけ印象深いのが、生前彼が俺たち兄妹に、たまに会うたびに「自分の中に正義を持て」と呪いのように嘯いていたことだ。

正子と義也などといった名前を俺たちにつけるほどの正義オタクだったのだ。

とはいったものの、正義に親族を二人も殺され、そろそろ俺も正義の正体がわかってきたところである。

正義とは所詮、強者によってのみ恣意的に行使されるものでしかないのだと。

世の中には二種類の人間しか存在しない。それは強弱と弱者である。

強者は正義を行使できる権利を有しており、その実態の如何は問題ではない。

実際、父さんと妹は脆弱な力のもとに正義を振りかざしたがゆえに死んだのだ。

ゆえに正義を美化する風潮はまやかしであり、それ自体の中身を追求することは不毛極まりないことである。

だから俺は強者であることを美化する。弱者であることを否とする。

常に強者であることによって、俺も母さんも安泰なのだ。

それが俺の哲学であり、父親の命題に対する答えである。

などといった自分語りを巡らせながら自転車をかっ飛ばすと、気がつけば目的地に到着していた。

自転車を止めて、急いで教室に駆け込むと、全員が机についていた。

ギリギリ遅刻であった。こんなことなら急がなければよかった。汗すごいし。

「、、、二条、遅刻だぞ。」

「す、すいません、、、。」

一限は中居の公民であった。助かった、、、。


一限が終わると、数人が俺の席へ駆け寄ってきた。

客観的に見て、いかにも陽キャラというような奴らである。勿論俺も含めて。

というか端的に言って、俺は人気者である。

バスケ部では副キャプテンを務めているし、顔もわりとイケメン、勉強もできる方、ジョークもかませる、といったハイスペック人間であり、学年で俺のことを知らない奴は多分いないのではないか。多分。

こんな俺を強者と言わずして誰が強者であるのか。

そんな俺がグループの中心となるというのは、極めて自明の理であるし、実際そうである。

「義也ぁ〜!社長出勤ご苦労様です!」

こいつはお調子者の下山。

こういうやつほど周りと自分を比べて優越感に浸っているという学説があるが、こいつもその例にもれないようだ。

こいつほどと1日に陰キャラという言葉を使う奴は地球の裏側を探せどいないだろうし、そういうやつらを馬鹿にするノリの皮切りはいつもこいつである。

しかし、何と言ってもこいつは本当に面白くない。完全に勢いタイプである。

周りが乗せるのも悪いが、それを間に受けるこいつもどうしたものか。

こういうやつほど自分のことを本当に面白いと思っているという学説があるが、こいつもその例にもれないようだ。

こいつほど面白くないこういうタイプのやつはマジでいないのではないか。

本当に、810回に一回くらいしか面白くない。

吐く言霊が一つ残らず面白い810先輩とは大違いである。前の合宿で自分は童貞ではないといっていたが、多分童貞である。

「義也!ウェーイっ!」

関口がまたいつものように吠えている。知性を欠いた野獣のごとく吠えている。

こいつの脳みそにはウェーイという文字列しかインプットされていないのか、はたまたウェーイと言う時に使う脳みその回路が著しく故障しており、頻繁に誤作動を繰り返すのか、多分そのどちらかで濃厚である。

何も供給せずにこのグループにいるのだから、こいつからはそろそろ住民税を徴収してやりたいものである。

こいつは実はこのグループでほとんど自己主張をしていない。

したところで何にもならないと言うのもわかるが、困ったものである。二人の時とか気使うし。

てか二人の時気使うから連れション誘うなよ。せめて他のやつも誘えよ。

とはいえ、下山はいつも小便する時に過剰にチンコを隠すので、多分童貞である。

「見たことないくらい全力疾走してたけど、部活の時に使う体力も残しといてくれよ〜?笑」

奥本はバスケ部のキャプテンである。

こいつのクラスは隣だが、頻繁にここに駄弁りにくる。

バスケ部はいろんな意味でこいつと俺のツートップと言える。

中でもこいつはかなり排他的な性格をしており、こいつに目の敵にされて部活を辞めてしまった奴が何人かいる。

こいつを敵に回してはならないというのは、部内の全員の共通認識であるというのは間違いない。

ちなみに前述した二人もバスケ部であるし、下山は童貞である。

「てか義也、汗すごかったよね、汗拭きシートつかう?うちいつも持ってっからさぁ」

黒田は奥本と付き合っている。

実際気はきくしかわいいが、たまに腹黒さが垣間見えて怖い。

人の悪口には嬉々として乗っかるし、自分から嫌味ったらしく発信することもあるが、その線引きというか、引き際がうまい。

自分だけはいつも高みの見物という感じである。

てかこいつ小学生の頃から偽の告白とかして遊んでたし、普通に性格が悪い。ギャルだし。

こいつと付き合うとか、正直御免である。普通に怖いし。

まぁ性格を加味すると奥本との相性は抜群と言えるかもしれない。

あと、余談であるがこいつの罵倒のボキャブラリーは基本キモいうざい死ねの三択しかない。黒田ギャルゲーの主人公説が浮上したが沈めた。下山は童貞である。

あとは黒田の取り巻きが二人、金堂と魚田といったであろうか。

こいつらは説明するほど情報がないので割愛。

てかこいつらの頭文字とったら金魚やん。黒田の金魚の糞である彼女らにはお似合いの名前である。

しかし疲れた。こういった感じでよかろうか。

これでひとまず取り巻きの説明は終わりである。こんなに詳細に説明してしまっては、もう最初のページの登場人物紹介いらずではないか。こんな恣意的でいいんか。

はっきり言おう。俺はこいつらが嫌いである。

特に無意識に、そして曖昧な根拠で他者を見下して悦に浸る様が酷く見るに耐えない。

正直打算でつるんでいるし、それにしてはなんだか足りてない部分がありそうなグループではあるが、どういうわけかここでは暫定これが一番「強いパーティ」であるのは事実なので仕方がない。甘んじて受け入れるとする。

さて次の授業は体育である。ひとしきり会話を済ませ、更衣室へ向かう。

そのようなかんじで、俺の日常はずっと、滞りなく続いてゆくと、そう思っていた。

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